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2009/3/28 マイクロソフトの「柔らかい帝国主義」 谷川昌幸(C)
マイクロソフト(MS)が,ホットメールを改訂,POP受信を自動化した。このトンデモナイ改悪に,直ちに修正要求を4通も出した。 MSの意図は明白。ホットメールを主メーラーとし,他のアドレスの送受信も全部ホットメール経由にしてしまおう,という帝国主義的野望だ。
しかし,私も含め多くのユーザーは,メールは職場や自宅用メールサーバーで管理し,ホットメールは外出時に利用している。MSは,この関係を逆転させ,すべてをホットメールの支配下に置こうというのだ。 POPメール受信自動化で,他アドレス宛のものも全部ホットメールで受信され,これを止めることはできない。ホットメールを主メーラーとするか,POP受信を断念するか,の二者択一を迫っているわけだ。私は,このMS帝国主義を批判し,手動POP受信の復活ないし選択制を要求している。
MSが帝国主義的であることは明白だが,この帝国主義は「柔らかい」帝国主義でもある。私のようなうるさいユーザーの要求や批判に耳を傾け,最大限改善する。ブログ改訂の時も問題点をしつこく指摘したら,ほぼ要求通り修正された。
MSの帝国主義はケシカランが,こうした柔軟性をもつ限り,MS帝国はなお拡大し続けるだろう。ホットメールの迷惑メール防止はヤフーメールより格段に優れている。あるいは,MSオフィスは,無料のオープンオフィスがあるにも関わらず,圧倒的なシェアを維持し続けている。わがネパールですら,ほぼすべてがMSオフィスを使用している。MS帝国が,この「柔らかさ」を失わない限り,その世界支配は当分安泰であろう。
これだけ誉めたのだから,ホットメールのPOP受信手動化(ないし選択制)も,MSはきっと実現してくれるだろう。大いに期待している。 2009/3/27 チャンギ空港の無料マッサージ機谷川昌幸(C)
シンガポール・チャンギ空港のサービスは,おそらく世界最高だ。英スカイトラックス調査では2位だが(朝日3/27),旅客満足度では断然1位のはずだ。
明るく清潔な待合室に,快適なソファーとイスがふんだんに配置され,無料パソコンも至る所に設置されている。これだけでも不便で暗くソファーすらない,庶民旅行者蔑視のタイ・スワンナプーム空港との差は歴然である。
しかし,それだけではない。なんと,驚くなかれ,チャンギ空港には最新のマッサージ機が設置され,無料で好きなだけ使用できる。実に爽快。日本の温泉宿ですら,マッサージ機は有料だ。チャンギ空港のサービス精神は,見上げたものだ。タイはむろんのこと,日本でさえシンガポールの足元にも及ばない。
シンガポールは,サービス立国を目指している。小さな都市国家で,土地もなければ,失礼ながらたいした観光資源もない。こんな国が発展するには,重厚長大産業ではなく,金融,情報,流通,教育,医療などのサービス産業に特化せざるを得ない。シンガポールのサービス立国政策は的確だ。
21世紀は,巨大軍隊をもつ重厚長大国家ではなく,グローバル化に対応した軽快都市国家の時代である。シンガポールは,経済的にはすでに日本追い抜き,アジアで最も豊かな国になった。次の目標は,人権と民主主義だ。シンガポールには,ぜひとも21世紀のアテナイとなっていただきたい。
無料パソコン(左),無料LANと電源で持参パソコン使用中(右) 2009/3/26 王宮博物館の見所谷川昌幸(C)
王宮博物館については,すでに訪問記を書いたが,新名所なので,パンフレットを紹介する。
ここで注目すべきは,入場料区分。
1.ネパール市民(国民)
2.ネパール人学生
3.中国人およびSAARC諸国(国民)
4.その他
ご覧のように「中国人The Chinese National」が,堂々の第3番目,SAARCの前に置かれている。ここの「中国人」はどこまで含むのか? もし中国人全部だとすると,これはスゴイことだ。まだ確かめてはいないが,こんな例はなかったと思う。ゴルカ王宮で入場料区分を確認してみたが,こんな扱いにはなっていなかった。
それともう一つ,国王の寝室とベッドが,見所として堂々とパンフレットに掲載されている(左上写真)。健在の元国王の使用していたものであり,あまりにも生臭い。どうしてこんなものが「博物館」の名所となるのか? 節操がない。こんなことでは,いつまでたっても「紳士の国」(後日論及)たり得ない。
入場券。外国人425番目。500ルピー(約625円) 2009/3/24 シンガポールの医療商売谷川昌幸(C)
カトマンズからシルクエアー(シンガポール航空系)に乗ると,「シンガポール観光局保健サービス部」のパンフレット(38ページ)が全員に配布される。いぶかりつつ見ると,これはシンガポールでの病気治療の宣伝であった。
「まえがき」によると,シンガポールの医療はWHO基準でアジア随一,世界中の人々が,多文化多言語環境の下で安心して高度の医療サービスを受けられるという。
この「まえがき」に続き,シンガポールで,いかに快適に高度な医療を受けたかの体験談が,いくつか紹介されている。ホーチミンから来た老人は,「外国人なのに,お医者さんも看護師さんも私と家族を暖かく迎え,治療方法を詳しく親切に説明し,すばらしい治療をしてくれた」と感謝している。アラスカの中年女性は,アメリカではMRIが25~37万円といわれたが,シンガポールでは5万円だった。「シンガポールは外国人患者を大切にする。小さな国だが,医療はすばらしい。これからはアメリカ人がもっともっと治療を受けに来るに違いない。」
同種の宣伝は,シルクエア機内誌「Silkwinds」やシンガポール航空機内誌「Silverkris」にも掲載されている。Silverwindsによると,
・1000人の国際的資格を持つ医者
・年間370万人の患者
・19万7千件の手術
だそうだ。合理的というか,露骨というか,要するに,病気治療を安く上手にしてあげるから,シンガポールにいらっしゃい,ということだ。
シンガポールの医療水準や治療費が世界的に見てどの程度か,についての知識は全くない。しかし,この徹底した合理主義からして,宣伝に偽りはなく,おそらく高度の医療サービスをreasonableな費用で受けられるのだろう。
シンガポールは,よいところに目をつけた。人間の生命,健康こそ,最高の商品であり,合理主義に徹すれば,これはよい商売になる。シンガポールは医療サービス立国を目指すことにしたのだ。
今後は日本の患者も日本を見限りシンガポール,あるいはそれに続くタイやインドに治療を受けに行くようになるだろう。素人の勘にすぎないが,すでにいくつかの分野では,これらの国の医療サービスの方が上のようだ。ネパールの病院にさえ,世界的権威といってよい医者が何人かいる。
日本のサービスは医療でも教育でも劣化著しい。日本の学校は,まもなく見捨てられるだろう。子供たちは,日本の学校をパスし,外国の学校に行くようになる。そして,次は病院だ。アジア諸国は,物をつくるよりも,優秀な医者や教師を育成し,先進国から患者や生徒を集める方が手っ取り早い。シンガポールはそこに気づき,医療商売や教育商売を始めたのだ。
が,しかし,である。シンガポールの高度な医療サービスを受けられるのは,誰か? ネパールではそれは,政治家や金持ちに限られる。アメリカや日本でも,いずれそうなるであろう。医療や教育を合理化すれば,地域の公共医療や公教育は崩壊し,多数の犠牲の上に少数エリートの利益が図られるようになるであろう。
医療も教育もサービスには違いないが,地域社会から隔離して提供されるようなものではない。それらは,地域社会と共にあるべきものだ。だから,ネパールの政治家は,シンガポールやタイやインドの医療がいかに優れていようとも,国民を後に残し,これらの国へ病気治療に行くべきではない。同様に,将来,シンガポールの医療が日本医療を大きく凌駕するようになっても,日本の政治家はシンガポールに治療に行くべきではない。
政治家が,抜け駆けで,自分の病気治療や子供の教育を外国に求め始めたとき,国は滅びる。 シンガポールの医療サービス宣伝を見たとき,直感的,本能的に,いや~な感じがしたのは,病気を商売の種にしているからというよりは,それを反共同体的と感じたからであろう。
2009/3/23 学生紛争と留学宣伝谷川昌幸(C)
ネパールの学生組合(組織)は,各政党の別働隊であり,しょっちゅう衝突している。その名所の一つが,パドマカンヤ女子大学前。この付近には法学部や言語学部など多くのキャンパスがあり,市街戦の名所となっている。投石など危険なので市街戦中は近づくべきではないが,戦闘終了後に行けば,武器として使用されたレンガ,石,タイヤの燃え残りなどが散乱し,平和ボケ日本人には十分市街戦の恐怖を感じさせてくれる。
この市街戦の名所は,また海外留学宣伝の名所でもある。見よ,この巨大宣伝を! このような海外留学(脱国・棄国)の売国的宣伝に埋もれ,それらを破壊するでもなく,特権的政党幹部に操られ,投石市街戦を繰り返す学生たちの矮小さ。彼らが本当に愛国ナショナリストなら,同胞を的にする前に,これらの教育搾取宣伝看板をこそ投石の標的にすべきではないか?
市街戦後のPK正門前。警察車両と女性警官(右,後ろ姿)。右上には巨大な海外留学宣伝看板(豪,ニュージーランド,米,英)
上記看板の向かい側。留学宣伝看板の氾濫。 2009/3/22 血みどろのゴルカ王宮 谷川昌幸(C)
ゴルカ王宮(旧王宮)は,ゴルカの町から急な石段を1時間ばかり登った険しい尾根の上にある。春霞で何も見えなかったが,晴天であれば,マナスルをはじめヒマラヤの山々が一望できる絶好の位置にある。
ここは(旧)王宮であり,もちろんヒンズー教の聖地でもある。行者たちが修行しており,牛食い外人と知りつつ,祝福を受けよと,かなり強引に呼びかけてくる。 登ったのは金曜午前であり,参詣者はあまり多くなかった。祭礼の日であれば,さぞかし多くの善男善女が訪れるのであろう。その証拠に,王宮への参道沿いには茶店がいくつも店を構え,路上ではお供え用の花や山羊も売っていた。
そして,すさまじかったのが,犠牲の動物たち(山羊など)の血。大量の血の染みこんだ石段が延々と王宮へと続いている。その犠牲の動物たちの血を踏みしめながら,王宮へと登っていくわけだ。 一段登るごとに,その犠牲の動物たちの生命と血と肉で私は生かされていることをいやでも自覚させられる。厳粛たらざるをえない。そして,その頂点に君臨するのが,王宮である。支配の空間構成としても,よくできている。
王制廃止以前は,ここは王宮の一つであり,王族のためヘリポートも用意されていた。庶民の参詣も制限されていたのだろう。王制が廃止された現在,ここはうまく開発すれば,絶好の観光地となるだろう。下々は,どの国の人であれ,王様が大好きなのだから。
マイティリ画のイエス像 谷川昌幸(C)
今日は,ショッキングな絵を見た。マイティリ画は,マイティリ女性たちが主にヒンズー教のテーマに基づき壁に描いてきたものだ。ピカソを思わせる画風で,本物には実に素晴らしいものがある。 20年ほど前,手漉紙に描いたものだが,マイティリ女性の手になるマイティリ画を何枚か手に入れた。研究室に飾ってあるが,みな素晴らしいと誉めてくれる。単なるおみやげではないからだ。
今日,あるところに立ち寄ったら,そのマイティリ画の手法で,十字架のイエスが描かれた絵が展示されていた。これはショックだった。マイティリ画=ヒンズー教絵画ではないであろうが,いくらなんでも十字架のイエスをマイティリ画で描くことはなかろう。それとも,マイティリ女性はキリスト教に改宗し,壁にイエスや聖母マリアを描きはじめたのだろうか?
(補足)
日本のカクレ・キリシタンの「マリア観音」は,過酷な弾圧を逃れる便法であった。それが長期化し,独自の信仰形態に変容してきたのだ。マイティリ画のイエス像はどこか違うようだ。 伝統文化がキリスト教を取り込む,あるいは逆にキリスト教が伝統文化を取り込むということは,どこでも見られる。その意味では,マイティリ画のイエス像やマリア像が描かれても不思議ではない。
そのうち,キリスト教マンダラ,カトリック・マンダラなども出回るだろう。 それはそれでよいのだが,しかし,どうも釈然としない。 2009/3/21 ゴルカの落差と格差:美少女の不幸 谷川昌幸(C)
ゴルカの町(バスターミナル付近)と,その上下の村との高度格差と生活格差には,目がくらくらする。 バスターミナル付近は,電気,水道が普及し,生活はカトマンズや日本の地方都市と大差ない。この十数年で急速に近代化したのだろう。
ところが,そこから急勾配の踏み分け道を20~30分も登ると,電気も水道もない民家がたくさんある。ゴルカの女性はみな美しい。これらの家の美しい少女や主婦たちが,重い水瓶を右手で腰のところに抱え,あるいはドッコに乗せ,転げ落ちそうな急坂をあえぎ,あえぎ登ってくるのを見ると,胸が痛む。
水場のある眼下のバス・ターミナル付近が急発展しなければ,これら美少女たちの生活は苦しくとも幸せであったであろう。しかし,いまは幸せとは到底思われない。眼下の町では蛇口をひねれば水が出て,炊飯器でご飯を炊き,テレビを楽しむことができる。空いた時間には美しい服を着て,友人たちと外出もできる。眼下の町との生活格差は,高度落差以上にはなはだしい。幸せでいられるはずがない。
このゴルカでは,そして他の大部分の地方では,マオイズムは決して時代錯誤でもなければユートピアでもない。この生活格差を救済するには,革命的変化によらざるをえない。日本も欧米も,みな血なまぐさい暴力革命により近代化してきたのだ。
たしかに暴力革命は犠牲が大きく,避けることができれば,それにこしたことはない。しかし,この目もくらむような高度落差の国の絶望的生活格差を見ると,平和的改良の難しさに,だれしも途方にくれざるをえないだろう。
ゴルカのキリスト教とイスラム教 谷川昌幸(C)
ゴルカの町にも,キリスト教会らしきものがあった。マオイスト・アーチから少し入った道路沿いにホサンナ・マンダリ/Hosannna Churchの看板が掛けられている。外から見ただけなので,どの会派の教会で,どのような活動をしているのかは分からない。 また,町では,イスラム教徒にもときどき出会った。カトマンズ・ムグリン間の川向かいの村にはたしかにモスクがあった。ゴルカにもあるのだろうか?
宗教は多くの人々にとってアイデンティティの核心をなしており,様々な宗教があるのは当然だ。日本にも神道,仏教,キリスト教,その他の宗教など,無数といってよいほどある。だから多宗教は自然なのだが,その一方,宗教は心情の動員力が強く,しばしば大きな社会的軋轢を生み出し,紛争をもたらす。 その解決方法として広く認められているのが政教分離だが,しかし,これはなかなか難しい。日本でも,靖国神社問題がことあるごとに表面化する。
ネパールにキリスト教やイスラム教や仏教諸派などが入ってきて布教活動をするのは自然なことだし,止められない。しかし,状況によっては,既存社会との軋轢を生み,紛争を引き起こすことも考えておかなければならない。特に先進諸国の人々は,自分たちが激しい残虐きわまりない宗教弾圧を経験してきたことを忘れてはならないだろう 。
ゴルカのマオイスト谷川昌幸(C)
バブラム・バタライ氏に敬意を表し,ゴルカの状況調査に行ってきた。道路は,カトマンズ・ムグリン間もムグリン・ゴルカ間も,最近改修されたらしく,予想以上によかった。特にポカラ分岐点からゴルカまでは,バブラム道路かな(?)と思うほど快適だった。ネパールにも政治道路があるのだろうか?
ゴルカは初めて。山腹の小さな町だが,この近辺の村々の中心らしく,屋根にまで乗客を満載したバスがかなり頻繁に通っており,バザールもにぎわっていた。 町も周辺の村々もカラカラに乾燥し,赤煉瓦色の土はサラサラの粉末状となり,一面を覆っている。水は豊富で,いくつも水場があるが,各戸への水道は普及していないらしく,大きな水瓶を持った少女たちが急坂をあえぎあえぎ登ってくる。過酷な労働であり,水の貴重さが身にしみる。
ゴルカはバブラム・バタライ氏の本拠だが,マオイストのポスター類は意外に少ない。町の入り口には,例のマオイスト・アーチが設置されていたが,ポスター類はUMLのものもNCのものもある。 夕方,数十台のバイクと乗客満載のバス2台と,武装警官満載の車両が登ってきた。マオイストと警戒の武装警官らしい。バイク隊は凶暴そのもの,そしてバス満載のYCL(たぶん)も大声でシュプレヒコールを叫んでいた。 こんな夕方から何をするのかと見ていると,小型トラックに乗り換え,停電で薄暗い村々を回って,オルグをやっているらしい。遠くの村の方面から,シュプレヒコールが聞こえてくる。やがてゴルカの町に戻ってきて,ホテル下の広場で解散となった。こんな圧力を掛けられたら,村人は抵抗できないだろう。
ただ,ネパールの不思議なところは,先にも述べたように,他勢力が根絶されるのではなく,共存していることだ。軍駐屯地があり兵隊だらけだし,シャハ王家のゴルカ王宮には熱心な信者の参詣が絶えない。高級ホテル(といっても1室15ドル)では,朝7時からお偉いさんが車で参集,チャッカリ兼朝食兼選挙運動(?)をやっていた。警察幹部らしい人も一緒だった。 ヒマラヤは,春霞のため全く見えなかった。
2009/3/19 カトマンズ・デニズンの「水よこせ」デモ 谷川昌幸(C)
世界最先端を行くわがカトマンズで,ついにデニズンが登場した(カトマンズポスト、2009.3.18)。ネパール語では何と呼ぶのだろう?
Denizenとは,EUの外国籍居住者や多重国籍者を指す用語としてつくられたもので,「国家」の権威に挑戦するアナーキーなケシカラン理念。アナーキズムは,日本では明治以来,共産主義よりも危険とされてきた。デニズンはその一派で,フランスにすらまだ実在するかどうか議論されているところだ。
その世界最新デニズンがカトマンズにはすでに実在し,3月17日,「水よこせ」「電気よこせ」デモをやった。もし15日以内に水と電気を配給しなければ,もっとスゴイ要求活動をやる,と本家マオイスト政府に脅しをかけている。そりゃ,マオイストよりもアナーキストの方が過激に決まっている。 それはそうだが,世界最新デニズンの要求が「水よこせ」「電気よこせ」だというのが,いかにもネパール的で,マンガチック。
今日(18日)は曇天で,ゴロゴロ鳴り始めた。雷神様が,ネパール・デニズンの心意気に感じて雨を降らせてくれるのではないか? そうすれば,水不足も電気不足も軽減される。そして,世界最新デニズン思想が本家マオイスト政府には通じなくても神様には通じることが,めでたく立証されるわけだ。
あめあめ降れ触れ,ネパール・デニズンのために。
水不足のカトマンズでは「水」商売が大繁盛。わがホテルでは,配水をトイレ用,洗顔用,温水用の3系統に分けている。トイレ用は茶色の泥水だが,何ら支障はない。カトマンズは,必要に迫られ,エコでも世界最先端になりつつある。
2009/3/18 イエスはビシュヌ化身となるか? 谷川昌幸(C)
1.キリスト教ブロマイド
カトマンズでは,キリスト教が確実に勢力を拡大している。下図は,あるブロマイド屋さん。従来は,ヒンズー教の神々や仏陀や国王夫妻やダライラマが定番だった。ところが,ご覧のように,いまではキリスト教関係が他を圧するほど多くなった。
2.新宗教の受容
新しい宗教が社会に入っていく場合,先在宗教を克服し完全に取って代わるか,割拠混在するか,先在宗教を取り込むか,あるいは先在宗教に取り込まれてしまうか,そのいずれかであろう。 キリスト教の場合,西洋ではサンタクロースなどを取り込み,日本では地鎮祭などを取り込んでいった。逆に,カクレ・キリシタンは,厳しい弾圧で孤立したため,キリスト教というよりは,日本独自の信仰とする説もあるくらい,日本化されている。
3.ヒンズー教の包容力
ヒンズー教は包容力豊かな多神教的偶像宗教であり,様々な伝統宗教を取り込むことにより勢力を拡大していった。キリスト教はヒンズー教を許容できないが,ヒンズー教はキリストを自らの神々の一人として取り込むことができる。キリストが仏陀とともにビシュヌの化身としてヒンズー教の信仰世界に組み込まれ,礼拝されることは,可能なのだ。
キリスト教は日本に入ってきて,日本文化の底知れぬ「古層」により日本化された。多くの日本人にとって,イエスも神々の一人に過ぎない。ヒンズー教世界は日本社会よりもはるかに奥が深い。キリスト教はネパールに入ってきて,ネパール化され,ヒンズー教的キリスト教として定着していくことになるかもしれない。
カトマンズのブロマイド屋さん。キリスト教聖像がヒンズーの神々や仏陀を圧倒している
Copyright-free and/or Human Rights-free谷川昌幸(C)
1.著作権なし
ネパールでは,実際には,著作権は保護されていない。DVDビデオが観光客むけで150ルピーで売られている。ハリウッドもの,日本もの,何でもある。芸術は万人のものとすると,このネパールの著作権無視政策は正しい。 パソコン・ソフトはどうなっているか? かなり怪しいが,深く追求するとやぶ蛇なので,やめておこう。
2.「人権なし」との関係
ここでいささか困るのは,現代のブルジョア的権利の核心ともいうべき著作権=知的財産権と人権との関係である。ブルジョア的財産権を保護しなければ,人権も保護されないのか? つまり両者は「and」関係か,それとも「or」関係なのか?
3.ネパールの現状を見ると
マオイスト元祖中国やマオイスト本家ネパールの現状を見ると,マルクス・レーニン・毛沢東にはまことに申し訳ないのだが,知的財産権と人権は相関関係にあるといわざるをえない。 今回も,copyright-freeのCDやDVDを何枚か買った。これは人権侵害であり,日本税関で没収されても文句は言えない。
2009/3/17 超速ネット・カフェ:カルディD.セッデンの連邦制否定論谷川昌幸(C)
David Seddenは、「危機のネパール」(1980)、「ネパール人民戦争」(共編著)等の著作で知られるネパール学の権威。南ロンドン・カレッジ学長。マルクス主義者であり、マオイスト・シンパ。そのセッデン氏が、カトマンズ・ポスト(3/16)に長大なインタビュー記事を寄せ、連邦制を全面的に否定した。
マオイストは、民族やカーストの不満を権力闘争に利用してきたが、これはアイデンティティ政治を招くものであり、きわめて危険である。マオイストはトラを野に放ちそれに乗って権力を取ったが,本当にそれを御すことができるのか? 以下,セッデン氏の連邦制批判の核心部分をそのまま紹介する。
・・・・・・・・(以下,引用)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私自身は,連邦制は極めて危険だと考える。連邦制はネパールにとって大きな誤りだ。連邦制は,女性であれダリットであれジャナジャーティであれ,多数派の利益を守るためにも少数派の利益を守るためにも,実際には不要である。彼らの利益は別の方法で守られるはずだ。民族やカーストごとの自治区からなる連邦をつくるという考えは,はなはだ問題であると私は思う。
また連邦制は,人々が思っているのとは逆に,基本的には反民主主義的である。なぜなら,連邦制は政治を一つの方法――すなわちカーストと民族――によってのみ行うからだ。選択の余地はない。また連邦制は,分裂を引き起こす。いま目にしているとおりだ。マデシは分離し自治州となりうるという主張は,たちまちそれに反対する運動を惹起した。タライに住むが「マデシ」には入れられたくないタルーの人々が,一週間にわたって反対運動をしたのだ。民族による政治は,いつまでも続き終わることのない問題を引き起こすだろう。私は断固主張する――連邦制は不要である。連邦制は望ましくないし,反民主主義的であり,深刻な分裂を引き起こすものである。
・・・・・・・・・・・・・・(以上,引用)・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以上のセッデン氏の議論に,私は全面的に賛成だ。が,しかし,ネパール学の権威ともあろうセッデン氏が,なぜ今頃になって,こんなことを言うのか? トラが野に放たれてしまう前に,トラは猛獣だから檻に入れておかないと危険だぞ,となぜ警告しなかったのか?
少々手前ミソだが,この程度のことは,当初から私は主張してきた。そして,その要点はネパール紙上でも公表した。
このインタビューのおかげで,私は反動王制派のレッテルを貼られたが,最近は少し風向きが変わってきた。単一国家論にせよ儀式王制論にせよ,耳を傾けてみようという人々が出てきたのである。
ネパールの政治家や知識人は,欧米の流行理論の無反省な後追いはやめるべきだ。そんなことをしていると,ネパールは怪しげな欧米試作理論の格好の実験場にされてしまうだろう。 2009/3/16 醜悪な郊外開発谷川昌幸©
3月15日,ナガルジュン山麓をバラジュからイチャングナラヤン付近まで見てきた。醜悪といわざるをえない。
1.美しい伝統的家屋
散在するタマンの伝統的家屋は美しい。これは懐古趣味ではなく,近代以前の人々は経済的には貧しくても美しさを考える時間的余裕があったからだ。日本でも古い村や町は見て美しい。本来なら,その伝統的景観を保存しつつ,住環境を改善していくべきであろう。
2.醜い成金住宅
ところが,カトマンズ郊外では,景観も調和も全く考えず,乱雑に見苦しい家が次々に建てられている。大規模住宅開発も行われている。こんなところは,歩いていても疲れるだけだし,人々もネパール人とは思えないほど愛想が悪い。
3.不動産債券化の勧め
家を建てているのは,おそらく海外出稼ぎ組と新旧特権階級であろう。他に投資すべきものがないので,土地と家に投資する。しかし,実物投資は管理が面倒なので,そのうち不動産債券化を工夫する知恵者が出てきて,不動産バブルの最終局面となるだろう。
4.雇用創出効果
ただ一つよいことは,こうしたすさまじい不動産開発ブームで雇用が生み出されていることだ。山麓のいたるところで,男女が建設作業に従事していた。
5.異彩を放つ僧院
ここで異彩を放っているのが,チベット仏教のノーブツェ・ボンポ僧院。山腹に巨大な僧院を建て,多数の修行僧が居住し修行している。 村というか町のはずれというか,何の情緒もない集落の商店の店先に,子供僧から20歳前後の青年僧まで多数たむろし,時間つぶしをしている。その前で修行僧たちがマウンテンバイクの曲乗りに興じているのを見ると,ここでも時代の変化を感じざるをえない。
ただ,このような少年~青年たちが多数集まり,集団生活をしていると,団結心はいやでも高まる。チベット仏教僧院は大変お金持ちである。僧院で鍛えらるピューリタン的勤勉と団結心が,民族全体に波及していき,彼らを強力な民族集団にしているのだろう。
タマンの伝統的民家と新築住宅
分譲宅地と建築中の住宅 ノーブツェ・ボンポ僧院 2009/3/15 王宮博物館と中日米谷川昌幸©
3月13日,王宮博物館に行った。外人特別料金500ルピー。高いが,この国では通例,1年もするとガタガタ,ボロボロになるので,美しい王宮を見るのはいまのうちだ。写真不可だが,すでにネパール人はパチパチ撮りまくっている。
●入場料
ネパール人: 大人 100ルピー
学生 20ルピー
中国人・SAARC諸国人: 250ルピー
それ以外: 500ルピー
3歳以下: 無料
1.中国はSAARCと同列以上
この入場料区分からも分かるように,ネパールにとって中国はSAARC,つまりインドと同格である。いや,国王にとってはインド以上であり,そのことを暗示するものが随所に見られた。
一番ビックリしたのは,国王執務室(Gulmi)の執務机の右側壁面に,中国チベット自治区人民政府寄贈のタピストリが掛けられていたこと。ポタラ宮を背景としたものだが,見たところ,単なる観光みやげレベルの品で,寄贈者の名前だけが目立つ。明らかに周囲からこれだけが浮いている。
いつ,どの国王が掛けたのか分からないが,政治的意図は明白だ。私のような一介の外国人であっても,「なるほど,国王のバックには中国がいるのだな」とすぐ気がつく。そうした圧力をかけるため,このいささか場違いなタピストリは掛けられているのだ。
2.王室つながりの日本
日本の存在感もかなり大きい。小宮山俊画伯の4曲の巨大な「マチャプチャレ」画が掛けられている。それ以外にも,広重の日本画(複製?)や日本関係のものがあちこちに飾られている。
それらにもましてわが愛国心を大いにくすぐったのはダイキン・エアコン。畏れ多くもネパール国王陛下は日本謹製の空気の中で生活されていたのだ。 そして,いうまでもなく,日本の皇族との親密な関係の誇示。ネパール王政は,日本天皇家やその取り巻きが支援してきたのだ。
しかし,悲しいかな,日本のプレゼンスはカネ(ダイキン)と封建的・反民主的な王室つながりが中心。ポタラ宮タピストリとは雲泥の差だ。
3.カーリー女神の威を借りる国王
玉座の間(Gorkha)は,さすがに立派だ。国王の威厳を示すための工夫が凝らされている。
その中でも素晴らしいのが,天井の4角から見下ろす8人のカーリー女神像。傑作であり,こんな強力無比の女神様の威を借りて統治すれば,誰でも恐れ入り,平伏するに違いない。案内パンフレットにはわざわざカッコ付きで次の一文が添えてある。
「1990年憲法の公布施行宣言式もまたこのホールで挙行された。」
1990年憲法は,カーリー女神に祝福されていたのだ。
4.一番人気は虐殺現場
当然といえば当然だが,一番人気は王族殺害事件のあったトリブバンサダン跡。人間は残酷なもので,事件が悲惨であればあるほど,それを喜び,見たがる。「歴史から学ぶ」などとカッコつけるが,本音は,他人の不幸はわが幸福なのだ。だから,事件現場を跡形なく取り壊してしまったのは,後腐れがないように,ということだろうが,観光政策としては,大失敗だ。現場を残しておけば,いまの何倍もの見物客が押し寄せ,国庫を潤していたはずだ。
それでも,「ここでビレンドラ国王が撃たれた」とか,「ここに弾痕あり」などと書かれた案内板の付近には,黒山の人だかり。あさましい限りだが,私自身,スケベ心を押さえきれず,「弾痕」を見に行った。
スケベついでに述べておくと,もう一つの人気スポットは,国王夫妻の寝室(Dhankuta)。こちらは「男根」を想像しつつ,老若男女,善男善女が長い列をつくり,スケベ心丸出しで,ダブルベッドを見つめていた。団体見学の小中学生には教育上ハナハダよろしくない。
5.植民地根性丸出しの王室
全体として,王宮は決して自国の伝統や文化を守るためのものではなく,率先して先進国の権力とカネに屈服し,その猿まねをし,その威を借りて人民を統治するものだ。西洋のまがいものや日本からの借り物が,あちこちにある。これは日本でも同じこと。欧米からは猿まねと見られているに違いない。
それはともかく,王宮博物館は,このままでは1,2年でガタガタ,ボロボロになる。あるいは,もし王政復古ともなれば,再び入れなくなる。王制の因習的,反民主的,植民地的雰囲気を味わうには,早く見学に行った方がよい。
6.アメリカン・クラブに手を出すな
王宮博物館はお勧め観光スポットだが,ここで注意すべきは,南隣のアメリカン・クラブ。以前にも何回か注意したが,これは怪しく超危険。うっかり写真でも撮ろうものなら,撃ち殺される。 あまりにも腹が立ったので,アメリカン・クラブの西南角から,クラブに背を向け,タメル方面の写真を撮ってやった。
小型デジカメを出すと,ライフルを構えた兵士2人がすっ飛んできて,「こら,撮るな!」と銃で威嚇する。「いや,撮影禁止はアメリカンクラブであって,タメルではない」と反論し,1枚撮った。それがこの愚作(カンチプルTVの禁酒キャンペーン)。
しかし,こうした行為は大変危険であり,もういつ死んでもよいと覚悟を決めている人以外には,お勧めできない。すでに,うっかりパチリとやった日本人が何人か拘束されている。
アメリカは,傲慢なケシカラン国だ。人権も民主主義もネパール国民の尊厳も完全無視。街のど真ん中に,危険きわまりない施設を設置している。 ネパールの国辱だ。なぜマオイストは,こんな植民地的治外法権租界の存在を認めているのか? 反帝国主義闘争が本気なら,まずここから攻めるべきではないか?
▼アメリカンクラブ(文部省前より)
▼アメリカンクラブ側からタメル方面
学生自治会選挙と市街戦谷川昌幸©
15日,ついでにパタン工学部キャンパスの様子を見てきた。日本では大学当局が「自治会をつくり活動せよ」と指導しても,シラケ学生は全く動こうとはしない。ネパールの学生は元気そのもの。学生民主主義はネパールにあり。
と,感心しつつ,乗合バスでラトナ公園まで来たら,全く進まなくなってしまった。仕方なく降りてジャマルまで来たら,やってました。トリチャンドラの学生が校舎屋上からレンガを路上の車や警官に投げ,警官がこれを拾って投げ返す。古き良き日本の学園紛争の頃と同じだ。どの国民も疾風怒濤期を通って成熟していくのだろう。 ▼学生自治会選挙ポスター/選挙公約
▼市街戦(左)で大渋滞(右)
学生自治会役員選挙谷川昌幸(c) 3月12日夕方,アムリタ・キャンパス前で,統一共産党(UML)系学生集団が壁にビラを貼り,学生自治会(Free Student Union)選挙用の万国旗のような旗を道路の上に渡していた。
壁にはコングレス(NC)系のギリジャ氏写真入りのビラも貼ってあったので,それを見ていると,目つきの鋭い,いかにもコワそうな青年3人が近づいてきて「こいつは極悪人だ」と声をかけてきた。これはイカンと思い,その上のUML系のビラを見て「あれはマダム・クマールだね」というと,「あいつもワルだ」という。仕方なく,「プラチャンダ首相はスゴイね」というと,「そうだ,プラチャンダこそがリーダーだ」と迫ってきた。どうやらマオイスト系がUML系の選挙運動の監視に来ていたらしい。 学生自治会は,もともとUML系が強く,NC系も有力だった。CA選挙でのマオイスト勝利でその力関係がどう変わったか,興味深いところだが,キャンパスのビラを見る限り,UML系がまだまだ強そうだ。トリチャンドラもそうだった。また,パドマカンヤ女子大は,驚いたことにNC系がビラでは他を圧倒していた。 トリチャンドラ図書館前 パドマカンヤ正門(NC系)
今日14日は土曜休日なので,キルティプールに行って,そちらの様子を見てきた。ここでは,一番目立ったのはマオイスト系だが,それでもNC系,UML系も頑張っている。ビラがはがされることなく残っているのは,微妙な力の均衡関係にあるからだろう。
大学にも包摂原理で少数民族や被抑圧民族の学生が入っているが,依然として中・上層階級が中心であり,まだまだ相対的に保守的なのであろう。来週の選挙でどうなるか,注目されるところだ。 TUキルティプール(各派ポスター) 右ビル正面(巨大写真はM系)
キルティプール学生会館(選挙活動中に出て行く学生たち) |
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