2008/9/29
谷川昌幸(C)
1.大統領、クマリ礼拝せず
9月23日付カトマンズポストによると、昨年までとは異なり今年は国家元首(ヤダブ大統領)がクマリ館を訪れ祝福のティカを受けなかった。
今年、政府は、インドラ祭の動物供犠料を拠出しないことに決めた。これに対し、ネワール社会が烈火のごとく怒り、連日デモをやった。その結果、動物供犠料は拠出されることになったが、その混乱で、結局、ヤダブ大統領のクマリ礼拝は中止されたのだ。

クマリ館前(2007.9.24)
2.供犠料不拠出理由(1):政教分離
英テレグラフ(9/22)によると、供犠料はイケニエの水牛と山羊の購入料100ポンドだから、2万円弱。たいした額ではないが、問題は金額よりも国家が供犠料を出すか否かだ。なぜ出さなかったのか?
理由は新聞には書かれていないが、やはり世俗国家となり、宗教儀式に公金を出すのはマズイという判断が働いたのだろう。これが一つ。
3.供犠料不拠出理由(2):動物愛護
もう一つは、動物愛護論者による動物供犠反対論。カトマンズでは数週間前から、西洋の動物愛護論者がインドラ祭のイケニエ供犠反対論を唱え、大論争になっていた。つまり、水牛や山羊の首を切る供犠は残虐だから止めよという、トンチンカンで偽善的なばかばかしい議論である。
私は、動植物の生命を大切に思うからこそ、宗教儀式としての動物供犠を高く評価する。2,3頭などとケチケチせず、水牛100頭でも、1000頭でも神々の前で首を切り落とし、神々を血まみれにし、動植物を人間の食料として与えられたことを神々に感謝すべきなのだ。
生命を畏敬するからこそ、動物をイケニエとして献げ、生と死――生が終わり死が始まる決定的な実存的瞬間――を直視し、その死が決して無意味ではないことを神々の前で象徴的な形で確認しているのだ。西洋のトンチンカンな動物愛護論など、断固粉砕すべきだ。文句あるなら、聖牛を食うな!

動物権利・愛護運動(下記資料参照)
4.政教分離の英断
マオイスト主導政府が100ポンドをケチッたのは、政教分離の原理ゆえか、それとも動物愛護論のゆえか? たぶん両方だろう。その点は、まことにいかんだが、それでも世俗国家の政教分離原理に則り、動物供犠料100ポンドを出さないという判断もあったのだろうから、その点は大いに評価する。よくやった!
5.文化大革命としての世俗国家化
情けないのは、世俗国家を嬉々として選択したのに、その意味を全く理解せず、宗教国家の頃と同じく公金を特定の宗教儀式に支出せよと要求し、結局、支出させることにしたネワール社会。もしヒンドゥー教儀式に公金を出してよいのなら、キリスト教儀式にも日本神道儀式にも、いやひょっとすると世界統一教合同結婚式にすら、請求されたら、公金を出さざるをえなくなる。それでよいのか?
ヒンドゥー教国家から世俗国家になるのは、文化革命である。そんなことも理解できないのか? ネパール人民は世界人民の前で世俗国家を選択した。だったら、その当然の結果を正々堂々と引き受けよ。これからは、インドラ祭は国家とは無関係に、民間宗教儀式として実施すべきだ。
6.旧王宮広場を血の海に
来年からは、熱心な信者から奉納金を山と集め、水牛数千頭を買い入れ、臆病な偽善的動物愛護論者たちの前で次々と首を切り落とし、タレジュ寺院前からクマリ館まで旧王宮広場一帯を血の海とし、度肝を抜いてやれ。それが世俗国家を選択したネパール人民の心意気だ。ネパールの文化と宗教を守るため、頑張れ!

バイラブ神前の供犠の血(2007.9.24)
供犠の血を見つめる聖牛(2007.9.24)
7.文化大革命を受け入れよ
テレグラフ紙のトマス・ベル記者によれば、クマリ世話係の一人、ラジャン・マハルジャン氏は、次のように述べた。
「マオイスト政府は、文化的宗教的な祭を無くそうとしている。これは文化革命への第一歩だ。」
テレグラフ紙は、ネパール・マオイストがいよいよ「文化大革命」を始めた、とセンセーショナルに報道したいらしい。そうした、みえみえの下心はいただけないが、世俗国家の選択が文化大革命であることは間違いない。
ネパール人民は、世俗国家化という文化革命を選択したのだから、その論理的帰結を正々堂々と引き受けるべきだ。世俗国家にしておきながら、国家政府に供犠料を哀願するなどといった情けないことはすべきではない。これからは、すべての寺社や宗教行事は、自前で運営すること。
できないかな? 金満キリスト教会に席巻されてしまうかな?
8.インドラ祭に100ポンド寄付を
もし来年のインドラ祭を自前でやる潔さがあるなら、100ポンドくらいなら喜んで寄進する。私のような宗教心の篤い庶民を千人ばかり集めれば、旧王宮広場一帯を血の海とし、神々を歓喜感涙させ、偽善的動物愛護論者たちを大量失神させることができる。
ぜひ、そうしていただきたい。
(参照1) 2008/09/16 Ganatantra=Guntantraとインドラ祭
(参照2) Animal Nepal Org (今回の議論はカトマンズポスト紙中心であり、この団体が関与していたかどうかは不明。ただし、動物の権利・動物愛護のゆえに動物供犠に反対するという論理は、この団体の主張と同じである。)

Can you imagine a live goat being thrown in a pond and torn apart by young men? Can you picture 7,000 young buffaloes being rounded up and killed by a thousand drunk men carrying khukuri knives? A festival where 200,000 animals are killed to please a goddess? Public beheading of countless young buffaloes and goats carried out by government and army?
Perhaps you cannot. However, events such as these take place regularly in Nepal, a country where animal sacrifice is an important ritual to the majority of the Hindu population. In 1780, Nepal outlawed human sacrifice. Animals, however, are allowed to be killed to satisfy the goddess Kali, and for other ceremonies. Mass sacrifice takes place during different festivals, especially in Terai districts.
Not everyone agrees to these practices. In fact, during Dasain, the largest Nepalese festival during which hundreds of thousands animals are killed, the media, religious leaders and the public at large increasingly speaks out against animal sacrifice.
Our aim is to make the public aware of these events, to raise awareness about alternatives and ultimately to try to prevent cruelty conducted in the name of culture or religion.
Targeted Festivals...
Hindu: Nepal is probably the only country in the world where the government annually sacrifices hundreds of live animals during Chaite and Kalratri Dasain. During Kalrati, in Taleju Temple, the government publicly behead 54 buffaloes and 54 he-goats, followed by the killing of 108 buffaloes by the Nepal Army. The event draws many devotees and is screened on national Television. At the same time in the royal palace in Gurkha 108 buffaloes are being beheaded. This marks the start of mass sacrifice by the people; it is estimated that hundred of thousands of goats are being sacrificed during Dasain as well as an unknown number of buffaloes, ducks, chicken, birds, etc. Nepalese kill animals to sanctify weddings, new homes or religious festivals. Upon purchasing a new car or truck, the owner sometimes splashes its exterior with fresh animal blood, to ensure the vehicle doesn't crash whenever it is driven. Many times, pooja is merely symbolic -- an offering of butter, yogurt, money or flowers. When an animal is to be sacrificed, however, it should be an uncastrated male which is killed, apparently as a display of life's potency. This death to please the gods is also interpreted as doing the animal a favor by releasing it from a life of suffering, amid hopes that it may be reborn as a much more fortunate human. Nepal's Buddhists and animists also occasionally perform animal sacrifices. (http://www.animalnepal.org/campaigns_wwc.htm)
2008/9/24
谷川昌幸(C)
今回のタライ訪問は,FES(Friedrich Ebert Stiftung)の民主化支援セミナーに参加し,その活動をちょっとお手伝いし,見学させてもらうことが主目的だった。(決して遊びに行っていたのではない。ヘーゲリアンの私にとって,遊びは仕事であり,最も現実的な仕事は遊びなのだが,いまどきこんな古典哲学は理解されないらしい。要するに,私は仕事に行っていたのだ!)
1
この種のセミナーは,カトマンズでは無数にあるが,地方では少ない。FESは,月1,2回,地方に出かけ,人権,平和,民主主義のためのセミナーを開き,また関連支援プログラムを実施しているのだ。
カトマンズからトヨタ四駆にセミナー用資料を積み,大人7人が乗り込み,出発。例のインド=ネパール的カミカゼ運転でぶっ飛ばし,えんえん7時間,ようやくバイラワに到着。途中でほとんど休憩はない。まさに神業。ネパールの運転手と知識人のタフさに,感動した。私はよれよれになり,失神寸前。
2
ホテルは,なぜか「グラスゴー」。セイブ・ザ・チルドレンや国連機関の四駆も駐車していたから,そこそこのホテルなのだろう。が,一歩建物にはいると,まるで蒸し風呂,汗が滝のように出る。部屋に入り,蛇口をひねると,湯のような水。これはすごいところだ。
幸いポンコツ・エアコンがあったので,10時停電終了と同時に運転開始,ガラガラすごい音を立てながら,それでも少しずつ室温が下がり,午前2時頃,ようやく眠れそうな温度になった。エアコンのない大半の民家の状況が思いやられる。
3
FESは,真面目な団体。翌日6時にホテルを車で出発,パラシの商工会館に向かった。凸凹たんぼ道を約1時間走って,会場に到着。
会館は,町の端,広々とした水田の砂利道に面してたっている。暑いぞ! 会場には,エアコンはもちろん無い。蒸し暑いねっとりした空気を天井ファンがむなしくかき回しているだけだ。
出席者は地元の中堅リーダー層,約100人。女性は約1/3。炎天下を徒歩,自転車,リキシャ,バイクなどでやってくる。
セミナーは,こちらのマナーに従い,まず全員に朝食を出し,そのあと8時頃開会。配付資料は,人権,平和,民主主義に関する小冊子3冊とプリント資料,そしてノート1冊とボールペン1本。これらの小冊子は,人権や民主主義の基本を解説したもので,なかなかレベルが高い。日本の高校・大学レベルでも十分使用できるほどだ。
セミナーでは,まず講師が3人話したあと,会場から質問を受け,自由に発言してもらう。これもネパールらしく,次々に立ち,延々と自説を述べ立てる。女性も全く臆することなく発言。これを司会者がまとめ,最後に主催者代表が挨拶して,11時半に終了。途中休憩なし。
言語は,ほとんどネパール語だが,土地柄,ヒンディーとマイティリで話した人もいた。FESメンバーに聞くと,ヒンディーだけでなくマイティリもほぼ理解できるとのこと。さすが,多言語社会の強みだ。
終了後,会場にはバイキング形式の昼食が用意され,食事しながら地元の人々と談笑。午後1時頃,会場をあとにした。帰途,バイラワでもう一つの会場を下見。
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第2日は,朝食は出ず,8時半から開始。講演,質疑応答,まとめと挨拶で,11半頃終了。全員で昼食を取り,1時頃,パラシの第1会場セミナーはすべて終了した。
その後,バイラワの第二会場に向かい,2時過ぎからセミナー開始。パラシ会場と同じく,お茶(軽食)――セミナ――食事(昼食または夕食)のパターン。ここでも2日間にわたり,ビックリするほど真面目に,途中休憩も取ることなくセミナーを実施した。ネパール中堅指導者層は,感心するほど真面目だ。
バイラワ会場は,建設途上の住民会館の1階集会場。これはパラシの商工会館以上に蒸し暑い。約100人(女性約30人)で小さな集会場は満員,天井ファンが汗くさく蒸し暑い空気をむなしくかき混ぜている。ここで延々3時間,中休みなしにやる。
そのすごさは,ミネラル・ウォーターをがぶがぶ飲み続けたのに,半日間一度もトイレに行かなかったことでも分かる。全部,汗となって蒸発したのだ。100人が発散するそのような汗いきれの中で,延々3時間にわたって,真面目に人権,民主主義,平和構築,新憲法制定について議論する。ネパール中堅リーダたちは偉い。
この会場の隣は,裁判所。驚くほど大きく立派だ。こんな巨大裁判所が必要なほど,この地方には紛争が多いのかな? それとも,威容誇示だけが目的か? それはともかく,この裁判所からも,裁判官が何人か,セミナーに来ていた。司法も含め,政治の激動にどう対応するか,それを知ろうと地方の中堅層は結構真剣なのだ。
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この3日間の2セミナーに参加して,FESのような欧米系機関の活動経験の豊富さを改めて実感させられた。トヨタ四駆で強行軍移動,地方中堅リーダーたちに充実した資料を配付し,ミッチリ講演,質疑応答をし,お茶や食事を取りながら,地元の人々と意見交換をする。実に真面目。費用対効果は高いだろう。
日本も,こうした先達の経験から学び,民主化支援,平和構築支援を進めていくべきだろう。
2008/9/23
谷川昌幸(C)
ネパール新名所として有名。資本主義の本陣付近に陣取るとは,大胆不敵。何が提供され,何を提供することになるか,興味津々。見学に行ってみたい。(下記チラシは,A氏提供)
2008/9/22
谷川昌幸(C)
パソコンが壊れた。長期滞在なのでノートパソコンを持ってきて,USBメモリーでネット屋さんのパソコンを介してデータのやりとりをしていた。
タメルのネット屋さんの通信速度は驚異的に速くなり,日本の自宅ADSLとほぼ同等。OSもXPかVistaで,ウィルスソフトも入っている。
それでも,不特定多数が使用するパソコンであり,ウィルスが生息していて不思議ではない。しかも,自分のパソコンはネットにつながっていないので,ウィルス定義更新をしていない。
そんな状態で頻繁にUSBメモリーを介してネット屋さんのパソコンを使用していたら,1週間前から自分のパソコンが変になり,徐々に使用可能機能が減っていき,ほぼ使用不能となってしまった。
ウィルス感染なのか,それともネパール電力の過酷な変動にヤワな日本向けパソコンが対応できなかったのか? よくわからない。
ネパール名物バンダ(ゼネスト)より恐いパソコン・クラッシュ。アタマも真っ白,初期化され,茫然自失。あ~ぁ,どうしよう。
2008/9/20
谷川昌幸(C)
タライ農村をトヨタ四駆で走り回ってビックリした光景の一つが,魚釣りをする子供たちだ。ジリジリ焼けるような炎天下,いたるところにいる。4,5歳から14,15歳の男の子,中には女の子も大人も混じっている。
1.
平日も,土曜(休日)も同じだから,学校には行かず魚釣りをしているのだろう。初めは,子供たちが遊んでいるのだと思った。しかし,直接聞いたわけではないが,どうもそうではないようだ。
雨期末期で水たまりはいたるところにある。大きな河,小さな水路,ため池,そして何と水田の中。そのような水面に子供たちが糸を垂れている。竿はみな木の枝か竹だ。釣れているのは,15センチ前後の小さな魚。そのエラから口に草を通し,左手に持ちながら,右手で竿を操作している。
2.
私も,近所の友人たちも,小学生の頃はみな同じようなことをしていた。塾などなく,学校の勉強もする必要がなかったから,冬以外は毎日のように魚釣りに行った。夢のような黄金の少年時代。
私と仲間たちは,魚釣りを遊びとして楽しんでいた。いかに大物を釣り上げるかが,競争だった。数十センチもの大ナマズを釣ったときは,興奮で夜も眠れず,タライで飼い,友人たちに自慢したものだ。釣った魚を食べることは,ウナギを除けば,ほとんどなかった。ただただ遊びとして大物を追い続けた。毎日,毎日,10年あまりも。わが村では,子供たちはみな自然児エミールだったのだ。
3.
当初,そのわが黄金時代をタライの魚釣りする子供たちに重ねてみていたが,その数のあまりの多さに,ハッと気がついた。これは遊びではないのではないか? 子供たちは食用のために魚釣りをしているのではないか?
直接,たしかめたわけではない。しかし,たぶん間違いない。よく見ると,何人かが協力して,水路に堰をつくり,水をかい出し,魚取りをしている子供たちもいる。明らかに食用だ。
同じことをしていても,遊びと生活のためでは,天地の差がある。遊びをいくら一生懸命やっても本質的に自由であり,よろこびだ。これに反し,生活のための労働は必要への服従であり,苦役だ。
4.
少年時代の私の魚釣りが自由の極致であったのに対し,タライの子供たちのそれは生活の苦役だ。――この現実に気づいたとたん,自分の脳天気を深く恥じた。
どの少年も釣果は小魚数匹から十数匹。生活のため学校へも行かず,これだけの魚を釣るため,炎天下で釣りをする。
その心情はことばでは推し量ることすら難しい。それは,たとえば「大樹の歌」のような映像をもってしてはじめて,かろうじて表現され伝えられるものだろう。

タライの水田とため池。水色や白の蓮の花が一面に咲いている。お釈迦様の生誕地らしい。
2008/9/16
谷川昌幸(C)
予想通り,ヤダブ大統領がインドラ祭に参加し,クマリ神の祝福を受けた。ジャー副大統領も参加。プラチャンダ首相は,新聞で見るかぎり,参加しなかったようだ。(同日,インド参拝出発。)筋を通したプラチャンダ首相はエライとはいえるが,だからといって政権指導者としての政治責任を免れるわけではない。
私はマオイスト政権のこの歴史的裏切りを幾度か予告し,この目でしかと確認するはずだったが,残念ながらタライでトラを追い回していて,カトマンズに戻るのが遅れ,直に目にすることはできなかった。
1.Gana-tantra(人民支配,共和制)
ネパールは民主共和制を宣言し,大統領はgana(人民)から選ばれ,国家代表者として人民全体を代表する。人民の中には,イスラム教徒,キリスト教徒,無宗教者等々もいる。おまけにネパールは世俗国家を宣言している。その国の大統領が,特定の宗教儀式を遂行できるはずがない。
以前はネパールはヒンズー国家であり,国王はビシュヌ神化身であったから,国王のインドラ祭参加には原理的には何の問題もなかった。
このヒンズー教国家を原理的に否定したのが,マオイスト。世俗国家を唱え,それを暫定憲法に書き込み,法的にも確定した。
それなのに,なぜ自分の拠って立つ根本原理を否定するようなことを平気でやるのか? そして,なぜ知識人やジャーナリストは,それを批判しないのか?
2.クマリの人権
マオイストのもう一つの大原則は,被抑圧者,特に子供と女性の人権回復・保障だ。人民裁判の最大のウリは,被抑圧女性の夫や家族からの解放だったし,ミスコンにも反対してきた。
クマリは,ネパールの子供・女性抑圧差別の象徴だ。いたいけない少女を生き神様に仕立て,自由を奪い,閉じこめて飼育し,見世物とする。マオイスト理論からすれば,こんな非人間的迷信が許されるはずがない。(私自身は唯物論者でもマオイストでもないので,クマリ信仰の文化的意義を大いに認めている。)
それなのに,マオイストのマハラ情報相支配下のライジングネパール紙が1面に誇らしげに掲載している写真を見ると,構図そのものは王制時代と何ら変わらない。国王が大統領と入れ替わっただけだ。
しかし,精神的には根本的に違う。王制時代は,原理的,憲法的には何の矛盾もなく,国王のクマリ礼拝を安心して見ていられた。
ところが,いまや合理主義の唯物論者が女神迷信を信じ,偶像厳禁のムスリム代表でもある大統領が生き神偶像クマリを礼拝する。こんな堕落・退廃は許されない。ソドムとゴモラも近い。
3.Gun-tantra(銃の支配)
結局,マオイストのイデオロギーは,gun-tantra(銃の支配)ではないか。もともとganaは「兵隊」の意味らしく、古代ギリシャのように武士=市民ならgana-tantraは「共和制」となる一方、「武士=銃支配」ともなる。語呂合わせには違いないが、意味深だ。
マオイストは唯物論で,精神文化と真摯に対峙しないから、gana-tantraは容易にgun-tantraとなる。
クマリは,本来,gun-tantraを回避するための文化的装置として歴史のなかで育成されてきたものだ。その文化的意義を評価できないのなら,少なくとも世俗共和国政府は政教分離を厳守し,クマリ信仰を庶民のもとに返すべきだろう。
Rising Nepal, 15 Sep.2008
2008/9/15
谷川昌幸(C)
9月11-14日,トヨタ4駆でタライへ出掛け,ナラヤンガート,ブトワール,バイラワ,ルンビニ付近を走り回った。これまでタライは,チトワンへ3日ほどマオイスト宿営地(cantonment)見学に行ったことがあるだけで,実質的な状況調査は今回が初めてだ。
不可解,不合理! 「なぜこんな豊かなところが,こんなに貧しいのか?」
1.タライの豊かさ
東西ハイウエーを100km/h前後でブッとばす。道路の両側は,鬱蒼たるジャングルか,緑一面の水田。これが延々と続く。なんて広く,美しく,そして豊かなのか!
(1)商工業
その気になれば,産業立地として最適だ。広い平地,豊富な水,安価な労働力,そしてすぐ南には間もなく世界最大人口を持つことになる巨大なインド市場。ここに投資し,うまく経営すれば,莫大な利益が得られるはずだ。
事実,ハイウェー沿い,あるいは枝分かれした幹線道路沿いには,かなり大規模な工場がいくつか建設され,操業していた。目立つのは,コンクリート工場や,製糖などの食品工場。
しかし,これだけ立地条件に恵まれているわりには,まだまだ工場は少ない。労働集約型産業であれば,十分成り立つのではないか。
(2)農業
農業も,技術向上で生産性は飛躍的に向上するだろう。水田を見ると,いまは稲の出穂直前,なかには収穫を始めたところもあった。大半が伝統的品種らしく,実りはあまり豊かとはいえない。穂が垂直に立っているものが多い。
改良品種による農業革命は,アメリカ独占資本の陰謀の側面がたしかにある。多収穫米は,肥料と農薬を多用し,種子は毎年種苗会社から買わねばならない。不用意に導入すると,インドと同様,農民は巨大国際農業企業に隷属するようになり,かえって貧しくなる危険性もある。
そうならない形での農業技術改良は出来ないものだろうか。
2.タライの貧しさ
幹線から外れ,細い村道も走り回った。所々で駐車して見るくらいで,これも印象にすぎないが,農民の住居は貧弱なものが多く,資本主義の基準では貧しいといわざるをえない。
鬱病,自殺などの文明病と比べどちらがより深刻かと問われると困るが,それでも生活は極端に貧しいと見ざるをえない。
多くの家の前で,女性たちが頭のシラミ取りをしていた。殺虫剤で害虫も益虫も駆除してしまった日本人の一人としては,この光景はショックだ。生活になれば慣れるという人もあろうが,蚊一匹でも寝られない私にはたぶん無理だろう。
3.仏の目に涙
タライの自然は,お釈迦様の誕生が,さもありなんと納得できるほど,豊かで優しく美しい。神の創造の完全さが,そのまま残されている。
その一方,人間が自然を破壊して造った道路沿いには低俗下劣な人造物が見るも無惨に散乱し始めている。自然の偉大,人為の卑俗を見るには,ヒマラヤに登るよりタライに降った方がよい。
さらに,タライでは,金持ちの大邸宅と貧農の竪穴式住居との落差にも驚かされる。どぎつい原色俗悪趣味丸出しの御殿のような大邸宅と,雨露さえしのげそうもない掘っ建て小屋を見比べれば,タライのいびつさに愕然とせざるを得ない。
自然に対する人間の罪,人間に対する人間の罪。お釈迦様は,救いようのない人間のこの大罪に涙され,悟りを開かれたにちがいない。
東西ハイウェーからナラヤニ河を望む。遠景はジャングル、手前は水田。あまりの暑さにデジカメの色相が狂い(?)空が赤くなった。
ルンビニの近代的工場。豊かな水田地帯に建設されている。
2008/9/10
谷川昌幸(C)
今日のライジングネパール紙1面は,アッと驚く取り合わせだ。
1.世俗国家と地鎮祭
右の写真では,プラチャンダ首相が女性隔離「処女学園」の地鎮祭でガネッシュ神(?)に礼拝している。地鎮祭は習俗か宗教か? これは日本ではおなじみの憲法問題だが,ネパールではまだそこまで政教分離意識が成熟していない。が,世俗国家を選択した以上,遅かれ早かれこれは大問題になるだろう。
2.愛国マオイスト政権とグルカ兵
左の記事では,マオイストのプン(アナンタ)中央委員が,グルカ兵募集に反対しない,と明言している。英印帝国主義への国辱的屈服としてマオイストが激しく攻撃してきたことを,マオイスト政府自身が受け入れているのだ。
3.ライジグネパールとマオイスト
ライジングネパール紙は,マオイストのマハラ情報相の支配下にある。当初,マオイスト大臣となったので情報統制がきつくなるかと思ったが,実際には,そうではなかった。むしろカンチプルなどより保守的だ。第1面最上段にグルカ兵募集OK記事と「処女学園」地鎮祭記事を載せ,第2面は何と経済面,そして第8面(裏表紙)はスポーツだ。マオイスト政府の未来を予告しているようだ。
2008/9/8
谷川昌幸(C)
カトマンズ市庁となりの「中国商品城」。ここに行くと,中国のたくましさと同時に,古き良き時代の日本の栄光が感じられる。
「中国商品城」では,今でも「日本製」が高品質の代名詞であり,祖国のかつての栄光を思い,しばし涙したい人にとっては格好の観光スポットとなっている。ハンカチを用意し,ぜひ訪れていただきたい。
「中国商品城」の手前には,高級高層ビルが建ち,なぜはその最上階正面に「セイブ・ザ・チルドレン」の看板が掛かっている。こんな高級ビルの上層階に事務所があるのかな?
(中国商品城)
(電化製品)
(日本製=高品質)
(新築高層ビル最上階のSave the Children)
2008/9/7
谷川昌幸(C)
2.CPN(UML):栄光の闘争史と新たな決意
1949年の党創設以来,われわれは人民の権利と国家繁栄のために闘ってきた。封建制,買弁資本主義,帝国主義の様々な搾取,抑圧を廃絶し,人民民主主義体制を樹立することが,闘争の目標であった。わが党は,ナショナリズム,民主主義,人民の生活の立場を堅持してきた。民主主義のため専制と断固闘ってきたのがCPN(UML)だ。この間のすべての闘争の最前線に,われわれは立ってきた。
1950-1960年の不安定な政治の時代,わが党は国益と人民の権利を強く主張した。1961年以降,われらは抑圧的パンチャヤト体制に対する果敢な闘争を続けた。党創設者プシュパラル同志はコングレス党に反体制共闘を呼び掛けたが,コングレス党は応じなかった。そのため,パンチャヤト体制が続くことになった。わが党は共闘の努力を続け,ようやく1990年にそれが実現,人民運動が達成された。この運動では,わが党の何千人もの指導者と党員が最前線に立って闘った。
3.CPN(UML)の党是:専制との不断の闘争,民主主義と国家の独立・尊厳のための断固たる闘い
1990年人民運動の成功後,CPN(UML)は運動の成果の上に社会的文化的変革を実現することを目指し,1990年憲法への27項目改正を提案した。のちの展開は,この改正要求の正しさを証明した。CPN(UML)ha,1992年開設議会の野党として,また1994年には少数政権党として,人民のための政策をとってきた。そして,人民運動を進めるため,一定期間,他の諸政党に共闘を呼び掛けた。しかし,以前と同じく,コングレス党は,極端な反共主義に捕らわれ,この提案を拒否してしまった。他の諸政党も提案の意味を理解しなかった。
すぐいに,1990年運動の共闘者たちは,多くの問題で分裂した。党派間闘争も幾度か激化した。その中で,マオイストが議会制それ自体に対する反対を宣言した。この逆境を利用して,反動勢力が結集し,ようやく手に入れた民主主義の否定に向かって動きはじめた。そうした逆行の結果,2005年2月1日の国王クーデターが起こったのである。
わが党は,暴力での権力奪取を目指す左翼冒険主義者の企てに対する闘争を原理原則に則って開始し,平和的解決にいたるまでそれを継続した。マオイストは,UML活動家を150人以上殺害した。しかし,わが党指導者たちは冷静に,マオイスト問題の平和的解決を求める運動を続けた。今日,国家を力の行使により奪取しようとするものは,打倒されている。同じく,軍事力で反論を抑圧し沈黙させようとする者も打倒された。いまや,すべての対立していた諸勢力が,CA選挙に同意するにいたった。
UMLが「人民運動」の成果を制度化し,平和過程を目標に向けて導くために様々なレベルで果たしてきた役割を,ネパール人民はよく知っている。それは基本的に二つの戦線で闘われた。一つは,革命の成果を表面的改良に限定しようとする現状維持の改良主義に対して。もう一つは,「人民運動」での人民の意思表明,力のバランス,協力の必要性を無視し,一方的に自己の決定や価値を押しつける極左勢力に対して。後の展開が示すように,UMLが提案した人民投票,CA選挙のための完全比例制は,適切なものであった。
われらは,誇りをもって,人民多党制民主主義を提案する。これは,ネパール民主主義運動の経験と国際共産主義運動の教訓を統合したものを基礎として発展させられ,いまやネパール社会に確固たる位置を占めることになった。これまで限定的な政治的自由を民主主義と考え,立憲君主制を基本線と考えてきた諸勢力が民主共和制と社会的公正民主主義を受け入れるようになったのは,UMLの立場の再確認といってもよい。UMLは統治権力を握ってはいなかったが,ネパール社会を前進させる指導的勢力であったのである。
4.現在の状況:明るい展望と大きな課題
われらは移行期にある。多くの難しい問題が山積している。法と秩序は不安定だ。効果的移行の失敗が人民の不満を募らせた。法と秩序の不安定を利用して不法な犯罪的分子が社会不安をつくり出している。国王は,国家組織内の残存反動分子を使い,地方の民族運動をてこに,再起を狙っている。国王はまた,犯罪分子を組織・動員して暴力を使い,ときには「共和制」のスローバンさえ利用している。経済的搾取,社会的抑圧の問題が民主主義,繁栄,国民統合の問題と結び付けられるのではなく,統合解体の手段として悪用されている。
これらの諸問題に対して,われらは強力で豊かなネパールを建設するという重要な使命を担っている。難しい問題はあるが,多くの勇気づけられる動きもある。これまでの社会的緊張と衝撃が,封建的諸価値や旧体制の基礎を動揺させ,そして,新生ネパールをつくり出すための基礎を生み出している。シャハ王朝は崩壊寸前であり,ネパールは民主共和制の入口にたどり着いた。新体制は不平等な排他的構造や観光を撤廃し,包摂的統治構造を樹立し,周縁化されてきた人々――特に女性,ダリット,先住諸民族,マデシ,ムスリム,障害者,カルナリ地域の人々――を国家統治の中に組み入れることになろう。
5.民主的諸勢力の統一と公正な競争
われらが諸課題に取り組み,「人民運動」の目的を達成するには,「人民運動」参加諸政党の統一と理解が不可欠だ。この統一は,CA選挙後も継続し,新憲法を新生ネパールの基礎としネパールを新しい安定した方向に向かう動きがたしかなものになるまで,継続されるべきだ。武装闘争を終わらせ和平過程を開始することになった7党連合(SPA)とマオイストの間の12項目合意,政府とマオイストの包括和平協定を含むすべての協定と合意は,文言上も精神においても誠実に遵守されるべきだ。
民主共和国を支持する諸政党の間には,激しい競争もある。それは,理論,価値観,綱領の点で異なっているからだ。しかし,民主共和制支持の点で共通しておれば,違いがあっても統一を維持できると,UMLは確信している。この統一のみが,王党派や他の反動諸勢力のたくらむ陰謀を撃退することができるのである。
6.CPN(UML)の提案
[以下,略。表紙,裏表紙のスローガン参照]
――共産主義諸政党は,イデオロギー政党であり,理論的に多弁だ。特に統一共産党は,1990年憲法体制下の最大共産党であり,高位カースト寡占のおかげで,有能なイデオローグも多い。CA選挙では負けたが,この選挙マニフェストも,他党との連合頼みの嫌いはあるものの,かなりよくできたいる。下手な政治史本を読むより面白い。
これは政党マニフェストだから,自己正当化は当然だ。議論が浅薄なのは,敵階級や敵対イデオロギーの外在的批判ばかりで,核心をつく内在的批判がないからだ。これは仕方ない。無い物ねだりといってよい。
ネパールの問題は,学者やジャーナリストまでがこうした党派的議論に明け暮れていることだ。浅薄な外在的批判ばかりだから,面白くなく,議論の深化は期待できない。女性ファッションと同じく,流行につれ議論が移り変わるだけだ。
封建制打倒と共産党マニフェストがいうのはよい。しかし,同じことを学者やジャーナリストが叫んでいては,しゃれにもならない。そもそも封建制とは何なのか? ネパールには本当に封建制はあるのか? あるとすれば,それはどのような封建制なのか? そうしたことを追究した上での,内在的批判でなければ,ネパール政治学の未来はない。
政党の選挙マニフェストは,学者,ジャーナリストにとって,格好の反面教師である。
トリブバン大学内のUML系学生団体横断幕/壁スローガン
学生団体としてはUML系が最大最強
谷川昌幸(C)
統一共産党(CPN-UML)の制憲議会選挙(CA)マニフェストは,A5版でネパール語版40頁,英語版36頁(表紙,裏表紙を含む)。UMLの政策を詳しく述べた,堂々たる選挙マニフェストだ。要点を見ていこう。
0.選挙スローガン
(1)表紙
・連邦民主共和国を建設しよう
・強力で豊かなネパールを建設しよう
(2)裏表紙
・CA選挙を成功させよう
・封建王制を廃止しよう
・あらゆる形の封建制を除去しよう
・ネパール連邦共和国よ,永遠なれ
・国の統一,主権,統合を維持しよう
・強力で豊かなネパールを建設しよう
・人民多党制民主主義よ,永遠なれ
・殉死者に敬意を表そう
・タライ,丘陵,山地の全民族は団結しよう
・人民の統一よ,永遠なれ
・統一共産党よ,永遠なれ
――このスローガンから明らかなように,UMLは王制廃止,共和制,連邦制,人民多党制民主主義,国家の統一と主権の強化,をその基本政策としている。
2.CA選挙:民主主義,永続的平和,開発促進
CAは,この60年の夢であり,要求であった。1950年,ラナ将軍家支配が崩壊したときがCAのチャンスだったが,国王が妨害し,1960年に国王専制体制を造り人民に押しつけた。これに対し,人民は抵抗を続け,1990年の人民運動により立憲君主制,多党制民主主義を樹立した。ところが,国王は人民主権を尊重するとの約束を破り,反民主主義の陰謀を続けた。
ギャネンドラ国王は,王族殺害事件(2001年6月1日)後,王位につくと,2002年10月4日に選挙選出首相を解任,2005年1月には王国軍の支援をうけクーデターにより行政権を握った。
2006年4月の平和的「人民運動」が,この軍事的専制君主制を引き倒し,封建制の支柱を破壊し,平和な新しく豊かなネパールを築くための基礎をつくった。この成果を基に,人民運動の最終目的を実現するため,CA選挙は,あらゆる立場の人々の参加の下に実施されなければならない。
CAは,ネパール人民に,憲法制定参加の機会を与える。フランス等に遅れること200余年,ネパール人民はいま国家改造の機会を得たのだ。
CA選挙は,ネパールを1500年にわたり支配してきた封建王制,そしてこの240年間ネパールを支配してきたシャハ王家を,終わらせるだろう。また,それは,12年前に始まったマオイスト反乱の平和への転換を完成させ,人民の意思に基づき平和的に進められ,したがってもはや政治目的を実現するため誰も武器を取る必要のない,社会変革のための環境をつくり出すだろう。
(ネパール語版/英語版)2008/9/5
谷川昌幸(C)
ネパリタイムズのクンダ・デクジット氏は,なかなかの教養人だ。昨日,はじめて話を聞き,その教養と機知の豊かさに感心させられた。古き良き貴族エリートの雰囲気を持つ数少ないネパール教養人の一人だ。
1
昨日出席したのは,「南アジア・メディア団結ネットワーク」ワークショップ(ホテル・ヒマラヤ)。専門は少し違うが,現在のメディアの状況が分かると思い,参加した。集まったのは,ネパールの他に,インド,バングラデッシュ,ドイツなどから約30人。
インド人が多く,しかもジャーナリストだから,よく分からない英語で,われこそはと話す。しばし当惑していたが,クンダ・デクジット氏が話し始めると,雰囲気はがらりと変わった。明快な英語で,静かに,しかし理路整然と,しかもときどき笑いをはさみながら,語りかける。これは本物の貴族だ。生活のためにあくせくと,あるいは功を焦り血眼で,ネタを探し回る売文業ジャーナリストではない。
かつてリシケシ・シャハ氏を自宅に訪ね話を聞いたときも,文筆を趣味とする貴族の自由な教養に圧倒されたものだ。
R・シャハ氏にとって,文筆はそれ自体が目的であって,他の何かの功利的な目的のためではなかった(全くというわけではなかったであろうが)。貴族は狩猟を趣味とする。シャハ氏の部屋にも大きなトラの一枚皮が敷いてあった。シャハ氏自身がしとめたものかどうか聞かなかったが,貴族のトラ狩りは肉を食べたり皮を売ったりするためではなく,狩猟それ自体を楽しむためだ。額に汗して働く労働者大衆にとってはケシカランことだが,生活のために働かないのが貴族。そして,ジャーナリズムや文筆の本質も,まことにイカンながら,そのような貴族的自由さにある。生活は大衆のものであり,自由は貴族のものだ。
2
クンダ氏によれば,人民戦争の取材には大変な困難が伴い,ときには「事実」そのものではなく「真実」をフィクション(ウソ)により伝える工夫も必要であった。また,写真を広く募り,3千余枚の中から179枚を選び,展示し,本にした。
こうした写真は,記事以上に大きな力を持っている。被害者は,写真を見て個別の復讐心を抑制するようになり,加害者は罪を自覚する。内戦であり,被害の多くは一般人民であり,敵・味方に及ぶ。写真は,真実を知り和解へと向かう大きな助けになると考え,5000冊を各地の施設に寄付した。紛争の過去を忘れると,また同じことが起こる。そうならないように,メディアは真実を伝える義務がある。
報道の自由についても,クンダ氏は鋭い指摘をした。和平以前は,国王政府が検閲をし,ひどいときは通信を遮断し,ネットを止め,放送局には兵士が入り放送を直接規制した。
これは今はなくなったが,そのかわり商業主義が広まり,公告主からの報道規制が強くなった。放送がスポーツや娯楽中心になり,記事も公告を配慮し自主規制する。報道の自由にとって,むしろこちらの方が危険だ。
また,報道の自由には責任が伴う。1990年代のメディアは,センセーショナリズムで政治・政治家不信を拡大しすぎてしまった。これからは報道責任もよく考えなければならない。
報道の公平については,格差のあるところでは,形式的公平ではなく,実質的公平となるよう努力すべきだ。声なき人の声を聞き,伝える。
マオイストと報道の関係については,今のところクンダ氏は楽観的だ。かつてマオイストがカンチプルを攻撃したこともあったが,全体としては報道規制に慎重であり,NCやUMLと大差はないという。
3
報告・討論のあと,ホテルの豪華ディナーとなり,クンダ氏と話をした。東京の過激派H氏の名前を無断拝借し,「H氏の友人だ」と自己紹介をすると,クンダ氏は大喜びで話の相手をしてくれた。クンダ氏は,話好きな紳士でもあった。
(2008.09.04,Hotel Himalaya)
2008/9/4
谷川昌幸(C)
もはやなく,まだない。これがネパール都市文化の現状だ。1990年民主化以前のカトマンズ盆地を記憶している人々にとって,カトマンズ盆地の惨状は見るに忍びない。外人のセンチメンタリズムが一部あるにせよ,決してそれだけではない。ネパール都市文化が崩壊し,盆地全体が軽薄化し,徐々にスラム化しつつあるのだ。
1
資本主義はもともとキリスト教倫理により成立し,金儲けは根本において神により規制されていた。この神の規制は,先進諸国でも後退していったが,神代替物たる理性,人道,人権等々が成長し,資本主義の破壊性をある程度抑制してきた。ところが,ネパールでは,資本主義を規律する社会規範が育つ間もなく,拝金主義資本主義の波が押し寄せてきた。もうメチャクチャ。
2
市街地では,人が安心して歩くことができるところは,もはやない。路地裏まで車やバイクが入り込み,いつはねられるかしれない。つねに四方八方にに注意し,また排ガスで自由に息もできないので,外出は異常に疲れる。こんな非人間的な街は,見たことがない。
しかも,いまは雨期。傍若無人の車やバイクがゴミだらけの路面を掘り返し,泥沼状態にしている。こんな汚い街を見たことがない。
この汚い街をさらに醜悪にしているのが,近代的巨大ビルや金ぴか住宅建設だ。ゴミはゴミだけでは汚くはない。ゴミ溜に近代的巨大ビルや金ぴか住宅が建設されることにより,カトマンズの醜さが際だつ。
これが1990年以降の民主化,自由化,世俗化の結果だ。それらにより人々は言論の自由,差別の軽減,西洋化教育の普及など,多くのものをえたが,その一方で,伝統的都市文化を破壊し,カトマンズ盆地を無秩序な軽薄都市,部分的にはスラム化しつつあるのだ。
3
地方の実情はよく知らないが,1990年以降,地方が疲弊し,地方社会が崩壊しつつあることは,地方からの内外への移住の増加や,飢餓の発生などが如実に示している。マオイスト紛争が地方社会を破壊したのではなく,地方社会の崩壊がマオイスト紛争を引き起こしたのだ。
J・J・ルソーがこのカトマンズを見たら,『人間不平等起原論』の正しさを再確認し,あらためて「自然に帰れ!」と叫んでいたであろう。
泥沼路上の車・バイク・人(2008.8.30)
[追記]9月3日夜,激しい雷雨があり,今朝は快晴,窓から霊山ヒマラヤが見える。雨期あけか。これからは土埃と排ガスに苦しめられることになる。
2008/9/3
谷川昌幸(C)
聖牛が信号を守った! 世俗民主化の世ではこんな驚天動地もおこる。
1.三つの法
規則=法には,神法と自然法と人定法がある。神法は神の法であり,そのうちの人間理性で理解可能なものが自然法,そして人間がその意志により制定するのが人定法である。
自然は必然の世界であり,自然法=自然法則に従う。人は自然が無秩序ではなく神の与えた自然法=自然法則に従って動いていることを示すため努力し,たとえばニュートンは万有引力の法則を発見し,神の偉大を科学的に立証した。もし万有引力の法則が完全に立証された法則なら,自然界においてこの法則の支配を免れるものは,ない。
2.人定法としての信号
これに対し,人の決めた規則である人定法がなぜ人を拘束するかは,難題である。神法と自然法に合致しているから人定法は拘束力を持つという説が有力だが,人定法のうちのもっとも人定法らしい規則を見ると,必ずしもそうとも言い切れない。たとえば,交通信号だ。
「青は進め」「赤は止まれ」は,人間が必要により自由意思で決めた規則だ。「青は止まれ」「赤は進め」と決めてもよいわけだ。交通信号は,神にも自然にも依存せず,どちらかに決めることが必要という人間の必要だけで決められた,もっとも人定法らしい人定法といえる。(約束を守らせるには神法や自然法が必要という議論もありうるが,ここでは割愛。)
だから,人定法の典型たる交通信号を守るということは,もっとも人間的な人間行為といえる。神も動物も,信号など守りはしない。人間意思に服しないのが,神であり動物なのだ。
事実,ネパールがビシュヌ神化身の支配するヒンズー王国であった頃は,牛は神でありかつ動物であったから,交通信号など完全に無視し,路上を気ままに歩き,寝そべっていた。
3.信号を守る牛:聖牛から野良牛へ
ところが,ネパール国家が世俗化され,人民が決めた規則に人民が従う民主主義の世になると,牛たちからも聖性が剥奪され,信号を守らされるようになった。
下の写真は,制憲議会議場前の大通交差点を整然と渡る2頭の野良牛。彼女らは,信号が変わるまで,手前の歩道で待ち,「青」になってから向こう側に渡り始めた。
かつては,聖牛をひき殺そうものなら,ひき殺した人間が死刑になった。これからは,信号(人間の命令)を守らない野良牛は,ひき殺され,解体され,人間に食われることになるだろう。
神を殺して人間が食う。それが世俗民主化なのだ。
2008.09.01(やらせ「高山病」程度の演出あり)
2008/9/2
谷川昌幸(C)
カクレ王党派であるにもかかわらず,なぜか某マオイスト集団からお呼びがかかり,ネパール革命推進謀議に参加した。
マオイスト政権になったので,いまやどこに行ってもマオイストだらけ。街では「ナマステ」より「同志!」と声をかけた方がよい。表現は悪いが,雨後のタケノコ,いたるところにマオイストが現れ,急成長している。そのマオイストとの革命謀議だ。
中流ホテルの庭園レストランに十数名が集まり,そこに主賓として招かれた。元国務大臣1人,高級官僚1人,NC系1人,中立らしい人が2,3人,あとは全部マオイスト。
1
マオイストの中には,目つきが異様に鋭く,ゲリラ兵の気配を漂わせている者も数名いた。ゲリラ戦が身体化し,一見して,元ゲリラ兵と分かる。厳しいジャングル生活だったのだろう。幹部たちのように優雅に転進,平和の配当をたんまり受け始めたわけではない。
彼らは,ゲリラ戦が身体化し,身体は即戦態勢。個人的なことは一切はなさなかったが,十年余もゲリラ戦をしてきたのだ。もし子供兵として徴用され,洗脳され,以後,ゲリラ戦に従事してきたのなら,心身ともにゲリラ化されていて不思議ではない。
戦争のトラウマは想像を絶する。亡き父は,1兵卒としてフィリピンに送られ,重傷を負いつつも奇跡的に生還した。そのトラウマなのだろう,夜中にうなされ,大声で「敵だ!」とか叫んでいた。そのくせ,大東亜戦争を批判すると,血相を変えて怒った。心身の戦争化がいかに根深いものかがよく分かる。
ゲリラ戦を身体化したマオイストにとって――宿営所収容でないので実戦経験は不明だが――,元大臣や高級官僚,あるいは弾圧の張本人NC系やカクレ王党派の私たちと,国辱的タメル租界のホテルで豪華会食をするのは,大変な苦痛であろう。いったい,ジャングルでの死闘の日々は,何だったのか?
人民解放軍兵士たちは,平和では生きられない心身にされてしまっている。しかし,幹部たちは,そんなことは素知らぬ振りをして,さっさと平和を選択してしまった。兵士たちの茫然自失,落胆,そして新しい苦悩の日々が始まったのだ。ゲリラは平和社会で,いかに生きるべきか?
2
1日の革命推進謀議でよくしゃべったのは,党幹部の某同志であった。マルクス,レーニン,毛沢東を華麗に引用し,しかし,ネパールにはネパールに適した革命の道があると,どこかで聞いたような話しをしていた。そして,日本赤軍のことをよく知っており,重信房子はどうしているか,と聞いてきた。ドキッとし,日本では赤軍は反動的資本家勢力に完全に弾圧され,もはや過去のものとなり,影響力はない。重信房子のことは,いまではほとんど報道されることもなく,よく知らない,と答えて,お茶を濁した。
隔世の感だ。タメル租界ホテルで,マオイストが革命推進謀議をし,日本赤軍のことを大声でしゃべりまくっている。つい2,3年前なら,一網打尽,全員逮捕され,拷問,虐殺されていたかもしれない。CIAや日本公安も大いに関心を示しただろう。
しかし,いまでは誰もがマオイスト。共和制も連邦制も,いや革命ですら危険思想でも何でもない。街はマオイストだらけ。赤旗ばかりだ。「同志!」と呼び掛け,「連邦制万歳」と唱えておけば,帝国主義飲料コーラを飲もうが,農民を海外に売り飛ばそうが,下女を牛馬のごとくこき使おうが,えげつなく労働者を搾取し金儲けしようが,万の神々を拝もうが,すべて自由。これがネパール流なのだ。
3
昨日の革命推進謀議の主題は,マオイストが推進する協同組合化についてだった。独占資本を粉砕し,協同組合を設立・拡大し,人民による人民のための社会主義経済に移行していくという野心的な計画だ。大いに結構なことであり,もしそうした協同組合事業に村人や地域住民を参加させ,また人民解放軍兵士の社会復帰の場ともすれば,ネパールの生活向上・安定化に寄与しうる。
資本主義がバクチ化し,崩壊寸前にあることは,明白だ。バクチ資本主義に替わるものとしては,フェアトレードや小規模金融組合など,すでにかなり成功している事業も出てきている。由緒正しき社会主義に近いといってよい。マオイストは,マルクス,レーニン,スターリン,毛沢東系を自称しつつも,実際には,輝ける「プラチャンダの道」はネパール型社会主義といってよい。マオイスト推奨協同組合化は,その「プラチャンダの道」を歩むものであり,成功の可能性がないわけではない。
でも,ズル賢い資本家どもに勝てるかなぁ。あるいはまた,連邦制が封建的権力割拠に先祖帰りしかねないのと同様,協同組合もグチ,パルマなどの伝統的共助組織への先祖帰りとなりかねない。たしかにそうだが,バクチ資本主義の大攻勢を前に,何もやらないわけにはいかない。協同組合化は,マオイストの装いをした権威的支配体制(有力者の新たな金づる)となることを警戒いしつつ,一つの可能性として試してみてもよいであろう。
貯蓄信用協同組合横断幕(政党系未確認)