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10/4/2009 軍隊と大学と競馬谷川昌幸(C)
南アジア学会に参加するため,北九州市立大学に行った。北方キャンパスは美しく,学会も面白かったが,それよりも何よりも度肝を抜かれたのが,このキャンパスの絶妙な立地だ。なんと陸上自衛隊小倉駐屯地と小倉競馬場にサンドウィッチのように挟まれているのだ。
小倉駐屯地の自衛隊は,陸自だから,戦車くらいは持っている。 それは当然だが,驚くのは,その戦車をまるで見せびらかすかのように,大学キャンパスの向かいの歩道そばに鎮座させていることだ。これを見て,私はギョッとし,思わずキャンパス内に後ずさりしてしまった。
政治学をやっているくせに,戦車ごときを恐れてはイカンと,態勢を立て直し,愛用の300万画素カメラを取り出し,素早く数枚撮影し,一目散にキャンパス内に逃げ込んだ。(下記写真はすべて10月4日撮影)
しかし,こんなことをする必要は全くないことに,すぐ気がついた。陸自はお向かいの大学に通う優秀な男女学生向けに隊員募集広告を出しており,戦車はその宣伝のために意図的にそこに鎮座させてあるようなのだ。
しかも,この大学はお隣に駐屯する陸自とよい関係にあるらしい。校歌碑の隣の大学掲示板には,駐屯地の宣伝ポスターが堂々と掲示してある。 時代は変わった。有名大学が,大学として軍隊を応援する。そのような時代になったのだ。
競馬場は,もちろんそのようなキナ臭いものではない。日本庶民の生活文化や地方財政の生きた研究対象として,これが学問的にも極めて重要なものであることはいうまでもない。
小倉競馬場・北九州市立大学・陸自小倉駐屯地(Google)/陸自小倉駐屯地看板
歩道そばに鎮座する戦車(特車) / 戦車と自衛官募集広告
3/23/2009 学生紛争と留学宣伝谷川昌幸(C)
ネパールの学生組合(組織)は,各政党の別働隊であり,しょっちゅう衝突している。その名所の一つが,パドマカンヤ女子大学前。この付近には法学部や言語学部など多くのキャンパスがあり,市街戦の名所となっている。投石など危険なので市街戦中は近づくべきではないが,戦闘終了後に行けば,武器として使用されたレンガ,石,タイヤの燃え残りなどが散乱し,平和ボケ日本人には十分市街戦の恐怖を感じさせてくれる。
この市街戦の名所は,また海外留学宣伝の名所でもある。見よ,この巨大宣伝を! このような海外留学(脱国・棄国)の売国的宣伝に埋もれ,それらを破壊するでもなく,特権的政党幹部に操られ,投石市街戦を繰り返す学生たちの矮小さ。彼らが本当に愛国ナショナリストなら,同胞を的にする前に,これらの教育搾取宣伝看板をこそ投石の標的にすべきではないか?
市街戦後のPK正門前。警察車両と女性警官(右,後ろ姿)。右上には巨大な海外留学宣伝看板(豪,ニュージーランド,米,英)
上記看板の向かい側。留学宣伝看板の氾濫。 3/15/2009 学生自治会選挙と市街戦谷川昌幸©
15日,ついでにパタン工学部キャンパスの様子を見てきた。日本では大学当局が「自治会をつくり活動せよ」と指導しても,シラケ学生は全く動こうとはしない。ネパールの学生は元気そのもの。学生民主主義はネパールにあり。
と,感心しつつ,乗合バスでラトナ公園まで来たら,全く進まなくなってしまった。仕方なく降りてジャマルまで来たら,やってました。トリチャンドラの学生が校舎屋上からレンガを路上の車や警官に投げ,警官がこれを拾って投げ返す。古き良き日本の学園紛争の頃と同じだ。どの国民も疾風怒濤期を通って成熟していくのだろう。 ▼学生自治会選挙ポスター/選挙公約
▼市街戦(左)で大渋滞(右)
学生自治会役員選挙谷川昌幸(c) 3月12日夕方,アムリタ・キャンパス前で,統一共産党(UML)系学生集団が壁にビラを貼り,学生自治会(Free Student Union)選挙用の万国旗のような旗を道路の上に渡していた。
壁にはコングレス(NC)系のギリジャ氏写真入りのビラも貼ってあったので,それを見ていると,目つきの鋭い,いかにもコワそうな青年3人が近づいてきて「こいつは極悪人だ」と声をかけてきた。これはイカンと思い,その上のUML系のビラを見て「あれはマダム・クマールだね」というと,「あいつもワルだ」という。仕方なく,「プラチャンダ首相はスゴイね」というと,「そうだ,プラチャンダこそがリーダーだ」と迫ってきた。どうやらマオイスト系がUML系の選挙運動の監視に来ていたらしい。 学生自治会は,もともとUML系が強く,NC系も有力だった。CA選挙でのマオイスト勝利でその力関係がどう変わったか,興味深いところだが,キャンパスのビラを見る限り,UML系がまだまだ強そうだ。トリチャンドラもそうだった。また,パドマカンヤ女子大は,驚いたことにNC系がビラでは他を圧倒していた。 トリチャンドラ図書館前 パドマカンヤ正門(NC系)
今日14日は土曜休日なので,キルティプールに行って,そちらの様子を見てきた。ここでは,一番目立ったのはマオイスト系だが,それでもNC系,UML系も頑張っている。ビラがはがされることなく残っているのは,微妙な力の均衡関係にあるからだろう。
大学にも包摂原理で少数民族や被抑圧民族の学生が入っているが,依然として中・上層階級が中心であり,まだまだ相対的に保守的なのであろう。来週の選挙でどうなるか,注目されるところだ。 TUキルティプール(各派ポスター) 右ビル正面(巨大写真はM系)
キルティプール学生会館(選挙活動中に出て行く学生たち) 1/15/2009 劣化する日本社会谷川昌幸(C) 1.お年玉で買える会社 株価(日経平均,ダウなど)は,国力,とくにその国の将来性の評価であり,大局的にはかなり正確である。この株価の点で,日本の国力低下は,欧米よりも大きい。 いまの日本には,数万円くらいの子供のお小遣いで買える会社がたくさんある。日本の小中学校では,アメリカ金融資本にそそのかされ,株式投資ゲームを授業でやっているが,そんなままごとではなく,お年玉をつかって本物の会社の株を買った方がよい。小学校が,株屋さんになるなんて,いかにも世紀末的で,面白い。 2.非正規雇用を助長する教育学部 その結果,日本の小中高校は,いまや2,3割が非常勤教員。小中高校は,非正規雇用を常態化し,そのような労働形態を子供たちに刷り込んでいる。 これは,おそらく世界最悪の権利無視教育現場の一つだろう。戦前の日本よりも悪い。無停電・無スト・飽食日本が,どうしてこんな惨憺たる有様になってしまったのか? 3.ネパールから学ぶ 1.2か月学校が休みになっても,どうということはない。 2008年3月卒業者 大学別就職状況(文科省)
12/10/2008 ネパールの市民教育(試論)1谷川昌幸(C)
1.はじめに ネパールというと,私たちはすぐに,ネパールは貧しい開発途上国(*1)であり,先進国の日本は何であれ援助し教える立場にあると思いがちだが,これは根拠のない大いなる錯覚であり,他のいくつかの分野と同様,市民教育についても,日本はむしろネパールから学ぶべきことが少なくない。 *1 ネパールの人間開発指数(HDI)は世界177カ国中の第136位(2003年),一人あたりGDPは日本が33,713ドルであるのに対し,ネパールは237ドル(2003年)。ネパールは「開発中位国」の下位に位置づけられている。UNDP『人間開発報告書2005』参照。 そこで,以下では,ネパールの市民教育のいくつかの事例を紹介し,もって日本の市民教育の向上にいくばくかでも資することにしたい。 1-2 市民教育の名称 *1 「英語帝国主義(English Imperialism)」とは,英語は世界共通語であり,世界のすべての人が英語を学び使用すべきだという考え方。日本では,日本国政府や地方自治体,経済界,大学などがこの立場に立つ。一般に,日本の古き良き伝統を維持し,愛国心教育推進を唱える機関や人々が中心になって,この英語帝国主義を提唱している。たとえば,ちょうどいまテレビでNHK(日本放送協会)アナウンサーが,「今日はノーマイカーデーです」と放送している。「ノーマイカーデー」は日本語ではなく,意味不明で,美しくもない。その証拠に,日本語の専門家のはずのアナウンサーが,この言葉をうまく発音できず,2,3回読み直していた。アナウンサーですら読めないような異国由来の言葉をわざわざ使用するほど,日本の国家や地方自治体や財界や大学は愛国的であり,英語帝国主義的だ。自虐史観批判をする人は,たいてい英語帝国主義者である。[参考文献:あとで追加] 1-3 市民教育と公民教育 「市民教育」は,このような閉鎖的な「公」優先や皇民思想を原理的に否定し,「個」としての市民を通して多元的な開かれた「公共性」を創出・育成することを目指すものであり,したがって,それは「公民教育」ではなく「市民教育」であり,「公民科」ではなく「市民科」であるべきである。 10/12/2008 ネパールに義務教育なし? 堺平和貢献賞をめぐって谷川昌幸(C) ネパール教育支援団体が、栄誉ある「堺平和貢献賞」を受賞されたことは大変めでたいが、受賞記事を見て「あれ、本当かな?」と、いささか気になった。
ネパールには「義務教育制度」あるいは「義務教育」がない、というのは本当だろうか? たしかに、ネパールの教育制度には曖昧なところがある。しかし、ネパール政府が署名・批准した教育関係国際諸条約には「義務教育」が明記されているし、現行憲法にも政府の諸文書にも「義務教育」を規定していると解しうる規定がいくつかある。 したがって、国連諸機関は、「ネパールの義務教育は5年」と明記している。この義務教育は、2012年までに中等教育レベルまで延長される予定である。 (初等教育純就学率、約90%) 制度通り実行されないことは、どこの国にもある。また、地域レベルで実施されていても、全国化していないということもある。ネパールの場合は、どうなのだろう。 ネパール政府あるいはネパール教育関係者は、ネパールには「義務教育」はない、と認めているのだろうか? 定義次第でどちらともいえることだろうが、気になるので、機会をみつけ尋ねてみたいと思う。 (補足)ネパール暫定憲法第17条によれば、「すべての市民は、法の定めるところにより、中等教育レベルまで国家により無償教育を受ける権利を有する」。この規定については、それは権利の保障であり義務教育規定ではない、という議論はあり得る。しかし、義務教育において教育を義務づけられるのは、子供自身ではなく、国家や保護者である。もしそうなら、それは第17条の権利規定と同じことである。すべての子供に中等教育までの無償教育を受ける権利が保障されるなら、その権利を保障する義務は国家と保護者にある。未成年者たる子供には自分の権利を放棄する自由はない。「無償義務教育(free and compulsory education)」と書いた方が明確だが、たとえそう書かなくても、子供の教育権の保障は義務教育といってよいであろう。乳幼児の生存権の保障が、両親や国家を義務づけるのと同じことだ。乳幼児に自己の生存権を放棄する自由はない。 9/30/2006 若年寄化する学生谷川昌幸(C) ネパール学生は,血気盛んで,スト,デモ,タイヤ焼きなど,いかにも若者らしい。これに比べ,日本の学生は老化著しく,新入生ですら人生を達観しているような若年寄が少なくない。この28-29日,ゼミ合宿にいって,その思いを強くした。 わがゼミの学生はみな優秀である(ということにしておこう)。問題は,全体的な学生の老化現象だ。 合宿したのは,学生・教職員用の研修宿泊施設。広大な敷地に,研修室やスポーツ施設などすべて完備。宿泊費はわずか1泊400円。規制はほとんどない。「国立青少年の家」のように,国粋主義丸出しで,「日の丸」掲揚,「君が代」斉唱を強制されたりはしない。「国立青少年の家」は金をかけ,やたら立派だが,こんな国粋主義施設を喜んで使用する人がいるとは思えない。国立大学施設は,さすがエリート養成を目的とする。そんなくだらぬ国粋主義で前途有為の青年の精神を腐らせたりはしない。天皇の悪口を肴に夜通し酒盛りをして大騒ぎをしても一切お構いなし。付近には,名所,温泉も多い。使い勝手はたいへんよい。 それなのに,この宿泊所は,あまり利用されていない。かつてはゼミ合宿だけでなく,様々な学生グループが盛んに利用していたと思われる。その痕跡が各所に見られた。ネパール学生と同じく,日本学生も,かつては若々しく元気であり,スト,デモ,火炎ビン投げなどに興じ,また合宿してスポーツや議論に熱中していたのだ。いま,そんな学生は少なくなった。 むろん,いまでもボランティア活動など様々な活動に没頭している学生はあちこちにいる。しかし,全体としてみると,日本学生の老化は否定のしようがない。 大学でも不可解な現象が見られる。毎回出席をとれと学生自身が要求する。授業数が少なくて暇だ,もっと授業を多くせよと,訳の分からぬ事を言う(「暇」の意味を考えたこともないらしい)。授業が分からないと,自分ではなく教師を責める。研究テーマを自分で決められない。まともな本を読まず,読めない。・・・・ いつの時代でも,旧世代は新世代に対しこのような繰り言をいっており,私も旧世代になったということがあるかもしれないが,それを認めたとしても,やはり日本学生の生態は変だ。こんな若年寄化(=幼児化)した学生は,世界のどこにもいないのではないか? 若いネパール学生と老いた日本学生。もしこの両国学生を集め,日ネ半々でクラス編成をしたらどうなるか? これは面白いと思う。 日本では,26日,安倍政権が発足し。復古主義がますます強化されそうだ。教育基本法も改悪され,「日本的価値」の強制が始まるだろう。小泉政権は新自由主義とニヒリズムの折衷。安部政権は確信的反動であり,小泉政権以上に危険。国粋主義化が進み,それに比例して国民の精神的老化(=幼児化)も進行,日本は立ち枯れ状態になってしまいかねない。 12/21/2005 宇久とネパール:教育をめぐって谷川昌幸 1.宇久とネパール長崎県立宇久高校に招かれ,「人間の安全保障としての教育協力:ネパールの場合」というテーマの授業をしてきた。宇久とネパール――全く関係ないようだが,そうでもないのが現代という時代であり,改めて考えさせられることも少なくなかった。 2.宇久島 |
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