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    7/3/2007

    新古と善悪

    谷川昌幸

    安部先生ご指導の佐賀スタディツアーに参加し,唐津を見学しているうちに,「新古と善悪」の関係を改めて考えさせられた。物事にはすべて多面性があるが,ここでは単純化し要点だけを述べることにする。

    新古と善悪の関係には,図のようにA(新しくて善いもの),B(古くて善いもの),C(古くて悪いもの),D(新しくて悪いもの)の4類型がある。

    本来これらは峻別されるべきだが,近現代人は進歩史観に囚われ,無意識のうちにA(新=善)かC(古=悪)の二者択一しかないと思いがちだ。たとえば,本来「新しさ」そのものには何の価値もないはずの教育の場ですら,とにかく「新しければよい」との思いこみから,生徒学生と教職員を実験材料にし,右往左往,いたるところで無惨な教育の荒廃を招いている。

    唐津でも,最新の醜悪な風景が広がっていた。西の浜・旧高取邸対岸のグロテスクな火力発電所,名護屋城趾西方の不気味な巨大原発,そして古き良き村の裏山の奇怪な発電風車。新=善の思い込みがなければ,いかに効用のためとはいえ,こんな無神経な文化景観破壊はしないだろう。馬にまたがり一人敢然と風車に突撃したドンキホーテ。その悲壮な決意,騎士精神の気高さが忍ばれる。

    近現代のこの浅薄卑俗なA信仰に反省を迫るのが歴史遺産だ。菜畑の「最古の稲作」は,「古さ」そのものが価値を生むことを教えてくれる。名護屋城趾,旧唐津銀行本店,旧三菱唐津支店本館,旧高取邸は,たとえ封建的支配や資本主義的搾取の結果であったとしても,そこでは超時間的美と崇高が時間的持続と渾然一体となり,今では見事な歴史的文化景観となっている。いやそれどころか,慶長の役の「鼻請取状」のような醜悪きわまりないものであっても,名護屋城博物館展示のように,古さが歴史的価値を生むことを教えてくれている。

    むろん,古いものも初めは新しかったのであり,またC(古くて悪いもの)も多々存在する。あるいは,観点によって善くも悪くもなるものも少なくない。しかし,時間を経てきたものは,それだけの理由があったのであり,まずは敬意をもって遇するべきである。固陋,旧弊の恐れはある。が,集団A妄想の今だからこそ,あえてB再評価を力説したい。最近の製品はパソコンのように発売3か月でもう旧製品。学校もそんな即戦力使い捨て「人材」を育成してよいのか。新しさ競争のA妄想時代にあっては,古さこそがカッコよい。そんなことを,佐賀スタディツアーは考えさせてくれた。

    3/2/2007

    ネパール史の時代区分

    谷川昌幸(C)

    時代区分はいわば歴史の大局観。大局観だけで碁は打てないが,無しでも勝てない。で,佐伯和彦著「ネパール史の背景と時代区分」(『ネパール全史』2003)によると――

      中世=879-1769
      近代=1769-1951
      現代=1951-(現在)

    つまり中世は国家統一以前,ネパールが多くの小王国や地方権力によって多元的に統治されていた時代だ。これは西洋史学でも同じこと。近代は,国王がその権力の多元性を克服することにより,つまり絶対王制により成立する。

    ネパールは,その近代化が進まないうちにポストモダン(近代以後)になってしまった。マオイストやその同調者の国制論をイデオロギー抜きに見ると,地方自治,民族自治,連邦制など,みな「中世的」なものだ。権利にしても,絶対的中央権力による一律支配を目指す国王に対し,マオイストの民族,地域,集団の権利は「中世的」権利。国王は,近代化促進(国家主権強化)のため,この「中世」復帰に抵抗してきたのだ。

    むろん中世と言ってもポストモダン「中世」だから,説明しきれないところが多々あるが,大局観としてはこんなところだ。マオイストとその同調者は,自分たちに「中世的」反近代化運動の要素があることを自覚していないから,マデシやキランティが「古来の自由」の回復を要求し始めると,あわてふためき,説得できず,暴力での弾圧に向かうことになる。

    これは,あえていうなら,国王の国家主権強化への欲望よりもタチが悪い。無自覚・無反省な権力行使はやっかいだからだ。

    (注)議論を面白く(=分かりやすく)するため,国王を少々理念化(=理想化)しています。

    9/13/2006

    村落開発の惨状

    谷川昌幸(C)

    1古き良き日本の村
    夏休みの数日,郷里で過ごした。山陰の寒村。高度成長までは,山間のわずかの田,畑,山林で100戸余りの家族が生活していた。貧しいが美しく平和な村。

    2.略奪された若者
    高度成長がはじまると,まず中卒,高卒の若者たちが都市の工場に略奪され,いなくなった。

    いま村に残っているのは大部分が老人。

    3.奪われる生活基盤
    若者がいなくなるにつれ,村からは保育園,小学校,役場,郵便局,商店,農協,バス路線などが次々となくなり,わずかに残った青壮年は低賃金目当ての工場でこき使われ疲労困憊,村は生活共同体として自立できなくなった。

    4.自然と人心の荒廃
    そして,最後に残った自然ですら,再び始まった地方開発で破壊され始めた。林道という名の無目的道路が,森林資源も観光名所もほとんど無い平凡な――しかし私にとってはこの上なく美しい――故郷の山々を無惨に切り崩し建設されている。

    目的は道路建設そのもの。ほとんど無価値の山林が買収され(私の山も少し買収されカネをもらった),何年間かは道路建設費の一部が地元業者に落ち,そして完成後は半永久的に道路管理費が入る。

    無理な山岳道路なので,毎年何カ所かが崩壊する。雑木,雑草も伸びる。地元には,この無目的道路の維持管理費が援助されることになるのだ。

    村の美しい自然を破壊するだけで,何の意味も,意義もないことを知りつつ,ただただ補助金をもらうだけに過ぎない仕事。こんな地方開発こそが,地方の人々の心を荒廃させるのだ。

    5.人は本当に豊かになったのか?
    高度成長以前,わが村はたしかに貧しかった。農作業はきつく,生活の苦労も少なくなかった。しかし,村はちゃんと自活しており,老人も青壮年も子供も生活を楽しんでいた。時間はたっぷり,使い切れないほどあり,暇つぶしのため皆芸達者となり,多種多様な村落「文化」が生きていた。

    わが村だけではない。近隣のどの村もそれぞれ個性を持ち,ちょっとした旅も驚きの連続だった。

    高度成長により,それらはすべて失われた。地方は都市文明により開発され,周辺に組み込まれることにより,価値あるものを次々と奪われ,いまでは補助金にすがりつく惨めな依存者になってしまった。

    6.懐古趣味だが・・・・
    これはロマンチックな懐古趣味かもしれない。また,物質文明を経験してしまった私たちには,戻れといわれても,もはや古き良き過去の時代に戻ることは出来ないだろう。

    しかし,現在の生活が決して人間らしいものではないということ,それが唯一可能な生活ではないかもしれないということ――そうしたことを,つい数十年前の日本の村の生活を時々思い起こし,反省してみるのも無意味ではあるまい。

    そして,ネパールのことも。ネパールがこれから先,どう近現代化していくか? それは,私たちにとって,たいへん興味深いことだし,ひょっとするとそこから何か私たちが学ぶべきことが見つかるかもしれないからである。

    2/18/2006

    そして平和が戻った,ジャーナリズムに

    谷川昌幸:

    もう,ネパール・ニュースはほとんどない。グーグル・アラートも何も送ってこない。あんなに大騒ぎしたのに,何もなかったかのように,平和が戻った。

    現象追従ジャーナリズムは,流れ流されるだけで,歴史は創らない。

    歴史は,結局は,原理主義がつくるのだろう。そう,あの原理主義が。