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    11/15/2009

    第3波デモ宣言の建前と本音

    谷川昌幸(C)
    1.ネパール社会の強さ
    朝日(11/15)がマオイスト反政府デモを国際面で大きく取り上げている。武石英史郎記者がパンディ蔵相らにインタビューして書いた記事。さすが,要領よくまとめられている。
     
    いつものことながら,ネパールは「平和」以上に「争乱」が絵になる。バンダ(ゼネスト)をやっても,議会や政府が長期間機能マヒになっても,ちゃんと(苦しくてもそれなりに)人々は生活している。日本では考えられないことだ。
     
    これは,ネパールが先進国がすでに失ってしまったものをまだもっているからだ。ネパールは,経済も社会も,つまり生活がまだ前近代的であり,伝統的社会固有の強靱さを失っていない。そこが,日本人にとっては驚きであり,絵になり,ニュースになるわけだ。
     
    この社会の強靱さに要領よく甘えているのが,諸政党。国政を放り出し,幹部エリートの権力闘争に終始しているように見える。建前は立派でも,本音は卑俗な身内の利権なのだ。マオイストもその傾向を強めている。
     
    2.大統領に完敗した首相
    たとえば,11月13日マオイストのプラチャンダ議長(前首相)が,20日までにマオイストの要求を受け入れなければ強力な第3波デモを開始する,と宣言した。ここにも,政党の社会への甘えが見て取れる。
     
    そもそもことの始まりは,この5月,プラチャンダ首相がヤダブ大統領に完敗したこと。マオイストは,マオイスト人民解放軍の国軍統合問題でカトワル統幕長批判を強め,他党の反対を押し切り,単独で統幕長解任を閣議決定した。ところが,ヤダブ大統領が認証(署名)を拒否したため,カトワル統幕長は9月27日までの任期を全うし,めでたく退職してしまった。権力闘争に敗れたのは首相の方で,プラチャンダ氏は5月4日首相を辞任した。
     
    この件に関しては,5月のブログで何回か指摘したように,憲法上,その気になれば,大統領の方が首相よりも強力だ。「民選国王」といってもよい。大統領は「国家元首」であり,国軍「最高司令官」であり,「非常事態」宣言権限さえももっている。民主的手続きの縛りはあるが,そんなものは国王でさえもっていた。イザとなれば,非常事態を宣言し,強権をふるえないことはない。大統領は国軍を救った恩人なのだ。
     
    3.どたばた解任決定取消の取消
    プラチャンダ議長は,この大統領決定を文民支配の否定,違憲と主張し,5月にさかのぼって取消させようとしている。大統領の解任決定認証拒否を取り消し,文民支配を確立し,つまりはプラチャンダ議長あるいはバブラム副議長か誰かを首相にしようというのだ。
     
    これに対し,ヤダブ大統領は13日,「私はこれまで憲法規定を遵守してきた。そして今後も憲法遵守を貫く」と真っ向から反論した(KOL,Nov13)。軍に屈服したのではなく,憲法の精神に従ったのだという。
     
    プラチャンダ議長とヤダブ大統領のいずれが正しいか? これは理論的にも政治的にも判断が難しい。いずれにも憲法上の根拠がある。また,プラチャンダ議長には人民解放軍2万とYCLなどの強力な実力組織があり,ヤダブ大統領には,はっきりはしないがたぶん9万余の国軍がついている。どうなるか,予想は難しい。
     
    4.卑俗かつ高尚なネパール政治
    ネパール政治の面白さは,今回の文民支配確立問題もそうだが,政治闘争が,一方では権力エリートの卑俗な利権闘争として闘われつつ,他方では,その道具立てがいとも高尚,立派であり世界最新のピッカピッカだという点にある。
     
    だから,ネパールの政治闘争を不合理でデタラメな派閥利権争いとしてバカにしていると,あっと驚くような斬新な結果が出て不明を恥じる羽目になる。一方,道具立ての立派さに惑わされ,手放しで褒め称えていると,煮ても焼いても食えない旧態依然たる派閥利権闘争に終始し,これまた不明を恥じ入ることになる。
     
    ネパール政治は,観察者にとって,はなはだ扱いにくく,やっかいに対象だ。見立てが誤ったのをいちいち恥じていては,身が持たない。そんなヤワな精神の持ち主は,ネパール政治の観察にはそもそも向いていないということであろう。
    10/7/2009

    定額給付金はネパールへ

    谷川昌幸(C)
    定額給付金12000円を受け取った。
     
    このような国民を愚弄するような政策に応じるのは潔しとしないが,麻生政権も崩壊したことだし,これを受け取り,全額をNGOに寄付し,国内ではなくネパールで有意義に使用してもらうことにした。内需拡大にも,地元商店街の活性化にも,まったく寄与しないが,せめてもの抵抗である。
     
    それにしても,この無能無策な給付金バラマキのため経費がいくらかかったのだろう。国民のモラルを劣化させるだけのムダ使いの見本である。
    9/23/2009

    国旗論争ではマオイスト劣勢

    谷川昌幸(C)
     国旗問題では,今のところ,マオイストの新国旗案は劣勢だ。カンチプールのネット調査では,国旗変更賛成14%,反対80%(9/23現在)。
     
     
     
    カタック・マッラ博士も,「国旗ではなく党名を変えよ」(Nepalnews.com, 23Sep)と主張している。博士の議論そのものはかなり怪しいが,現在の政治状況をよく反映してはいる。
     
    博士によれば,ネパール国旗の祖型は,13世紀以来のデンマーク国旗よりも古く,世界最古の旗の1つだ。太陽と月がシャハ王家とラナ将軍家を象徴しているというマオイストらの批判には,全く根拠がない。
     
    三角形の旗は4千年前の「マハバーラタ」に出てくる。また,国旗としては,民主主義的なゴータマ・ブッダの時代に使用され始めた。ブッダの父は,国王ではなく,シャカ共和国の選挙された代表だった。
     
    仏教思想によれば,国旗の赤は意欲を,青は誠実と勇気を,そして白は知恵を表す。仏教は世俗思想であり,宗教の形をとったのは後のことだ。だから,仏教思想をシンボライズした旗は,宗教的な人も世俗的な人も無宗教の人も,ともに共感できるものである。
     
    あるいは,青は平和,赤は革命と勝利を象徴する。
     
    もしそうであるなら,なぜ共産党は国旗を変えようとするのか? 共産党は,国旗を変えるのではなく,自分たちの党名の方を変えるべきだ。「マルキスト・レーニニスト」とか「マオイスト」は,残虐きわまりない全体主義的弾圧のシンボルだからだ。
     
     ――以上のようなカタック・マッラ博士の国旗擁護論は,先述のように,いまのネパールのイデオロギー状況をよく表している。
     
    マオイストは,革命思想だから,「古いもの」は「古い」というだけで破壊されて当然だし,「伝統」は切断されてしかるべきだ。それが革命というものである。
     
    これに対し,博士のような保守主義者は,「古いもの」や「伝統」を守れと反論する。保守主義者だから,国旗などの制度は古ければ古いほど正統で価値があり,だから守られなければならない。この理屈もよく分かる。
     
    しかし,仏教を使って国旗を正当化するのはいかがなものか? 仏教は立派な宗教だが,仏教が世俗思想だとか民主主義思想だというのは,いくらなんでもひいきの引き倒し,ムチャクチャだ。
     
    仏教の政治的利用は,博士だけではない。西欧の某有名平和学者を筆頭に,ネパール人学者,政治家,官僚などが,流行に便乗し,さかんに仏教を政治的に利用している。こんなばかげたことは,直ちにやめるべきだ。
     
    なお,ネパール共産主義諸政党に対し,スターリン批判をやれ,という博士の主張は,もっともである。ネパールの共産主義者たちは,自分たちの全体主義的傾向への警戒が著しく欠如しているからである。


    9/13/2009

    大臣の数と言語と給料

    谷川昌幸(C)
    ▼大臣42名
    MK.ネパール首相は9月2日,大臣を増員し,計42名とした。閣外大臣,副大臣も含めてだが,小国ネパールに大臣42名は多すぎる。包摂民主制だから,もっと増え,史上最大の巨大政府となるかもしれない。 (追加)11日,さらに2名追加され,44名となった。教育担当大臣Govinda Chaudhary(TMLP) ,青年スポーツ副大臣Chanda Chaudhar(TMLP) 。1995年のデウバ内閣48名に次ぐ2番目の巨大内閣。宣誓言語は不明。
      
    ▼就任宣誓の多言語化
    就任宣誓の言語も増えた。大統領,首相らはネパール語,ラクシマン・ラル・カルナ無任所大臣(サドバーバナ党)はヒンディー語,そしてサルバ・デブ・オジャ女性子供福祉大臣(MJF-D)はアワディ語で就任宣誓をした。42人もいるのだから,ネワール語など他の言語でも宣誓されたのではないか?
     
    さてそうなると,ジャー副大統領のヒンディー語宣誓に対する最高裁の違法判決が怪しくなってくる。副大統領の母語がヒンディーか否かは些末な問題だ。彼は言語と政治の原理的な問題を突いている。大臣はネパール語以外でもよいが,副大統領はダメ――そんな論理は通らない。(Nepalnews.com, 2 Sep.2009)
     
    ▼給与引き上げ
    包摂民主制は,給与もお手盛り。引き上げ後の給与は,下表の通り。あれ,首相は大統領の半分! やはり大統領は民選国王扱いなのか。
     
    といっても,本当においしいのは表向きの給与ではない。大臣らには,官舎,公用車,接待費,身内の海外留学,外遊など,多くの公式・非公式特権がある。議員にもある。一期務めれば,一財産できる。そんな議員が601名(定数),大臣が42名。行政経費は,君主制の方が,はるかに安上がりなのではないか?
     

    Post

    Previous Salary in Rs

    Increased Salary in Rs

    President

    70,000

    72,800

    Vice President

    50,000

    52,000

    Prime Minister

    35,500

    36,900

    CA Chairperson

    30,800

    32,040

    CA Vice Chairperson

    27,800

    28,920

    Opposition Leader

    27,800

    28,920

    Deputy Prime Minister

    29,800

    31,000

    Minister

    27,800

    28,920

    State Minister

    26,300

    27,360

    Assistant Minister

    25,700

    26,730

    Chief Whip

    27,800

    28,920

    Opposition Chief Whip

    26,300

    27,360

    CA Committee Chairperson

    26,300

    27,360

    CA Members

    25,100

    26,110

       (Republica,10 Sep.2009)
    9/7/2009

    政治家の人気比較

    谷川昌幸(C)
    世論調査は,日本でもあまり当てにならないが,科学信仰の現代では,何かをいうには「科学的」調査データを出さざるをえない。
     
    下図は,主な政治家の人気比較(10点満点)。2007年1月~2008年1月の時点では,コイララさんが一番人気だ。
     
    この調査はかなり「科学的」なものだが,ネパールのこの種の調査の欠点は,各機関がばらばらで,各調査データの相互比較が困難なこと。比較できない調査は,それ自体いくら「科学的」でも,あまり意味はない。
     
    ネパールの「科学者」の皆さんには,もう少し「個性」や「独自性」「独創性」を抑制し,設問を標準化するなどして,比較可能なデータを集めていただきたい。
     
     
    (注)2008年1月において,上からGP.コイララ,MK.ネパール,プラチャンダ,ギャネンドラ国王の順。
    Nepal: Contemporary Political Situation - V Opinion Poll Report, Interdisciplinary Analysts, 2008, p73. 
    8/31/2009

    頑張るジャー副大統領

    谷川昌幸(C)
    ネパール包摂民主主義にとって,最大の難問は宗教言語である。その一つ,言語に目を着けたのが,奇才ジャー副大統領。包摂民主主義ないし民族自決原理に真っ向から挑戦し,就任宣誓をヒンディー語で敢行した。

    このヒンディー語宣誓は,もくろみ通り猛烈な反発を招き,ナショナリストが最高裁に提訴,違憲判決を出させた。しかし,それでもジャー副大統領は意気軒昂,ネパール語宣誓を拒否し続けた。そこで最高裁は8月23日,7日以内にネパール語宣誓をせよ,さもなければ副大統領としての資格を有しないので職務を停止せよ,との判決を改めて出した。

    今日30日が,その副大統領のネパール語宣誓期限。経過を気にしながら,帰国の途についた。

    今は香港空港で乗り継ぎの時間待ち。情報不足で正確なことは言えないが,ジャー副大統領は稀代の奇才であり,この程度のことで辞任などしないのではないか? 共和国の国是に従う限り,理はジャー副大統領の側にある。頑張るつもりなら,まだまだ抵抗できる。

    そもそも最高裁は,ネパール語で宣誓しなければ,ジャー氏は副大統領に選出されてはいるが宣誓していない状態なので,副大統領としての職務は実行できない,といっているに過ぎない。適正に選出されたジャー副大統領が辞任しないと頑張れば,最高裁は,積極的にやめさせることはできないのだ。

    この問題については,憲法それ自体に曖昧な点がある。もし憲法理念通り諸民族の権利を認めるというのであれば,第7次改正を実施し,「母語で宣誓する」と規定せざるをえない。ジャー副大統領は,これを狙っており,政府もその方向に向かう気配を見せている。これは,連邦民主共和国の根本理念からの当然の帰結といってもよい。

    しかし一方,言語は文化の核心であり,そう簡単に割り切ることもできない。もし「母語で宣誓する」とすると,たとえば将来,日本語を母語とするネパール人が大統領,副大統領,首相,議員などになった場合,その人は日本語で宣誓してもよいことになる。しかし,ネパール大統領が日本語で就任宣誓をする,というのもどこか変だ。

    繰り返しになるが,連邦民主共和国の包摂民主主義を採用するなら,ジャー副大統領の主張の方に理がある。もし副大統領の主張を認めないのであれば,連邦共和国の包摂民主主義ないし民族自決原理の再検討が必要になるだろう。
    8/3/2009

    副大統領のハラキリ問題

    谷川昌幸(C)
    C.K.ラル氏が『ネパリ・タイムズ』(#462)でジャー副大統領のヒンディー語宣誓問題を取り上げている。ラル氏の文章は難解で,何が言いたいのか私にはよくわからない場合が多い。この記事も難解でわかりにくいが,要するに,副大統領にハラキリをさせず,まあまあ,なあなあで矛を納めるのが賢明ということらしい。
     
    ラル氏は,「学識ある最高裁2判事」が,賢明にも,ヒンディー語宣誓は憲法の「精神」に反し,ネパール語宣誓書への署名も無効であると判定した,と評価する。そして,最高裁は,国家最高法規(憲法)の最高解釈権者だから,明確に述べられた判決の法的根拠を疑うことは難しい,と主張される。 
     
     
    しかし,本当にそれでよいのだろうか? 副大統領は,ネパール語宣誓書に署名しており,一般的には,これが正式文書であり有効だ。また,最高裁は法令の最高解釈権をもち,国家機関と国民は確定判決への法的服従義務をもつが,それは,その判決を批判してはならないということではない。ネパールの主権は人民にあり,ジャーナリストは,社会の木鐸として,主権者人民のため最高裁判決を徹底的に吟味し,異論の余地があればそれを示し,人民の判断に資する義務がある。 
     
     ヒンディー語宣誓が憲法の「精神」に反するか否か,ネパール語宣誓文書への署名が有効か否か,これは大いに議論の余地があり,したがってジャーナリストたるもの,この点の議論を恐れてはならない。
     
     4
    また,ラル氏は,「最高裁判決は技術的なものなのに,それが呼び起こした論争はまったく情緒的なものである」と批判される。
     
    しかし,これは言葉の理解としては,あまりにも一面的である。言葉は理性でありかつ情念である。もし人格が統一したものであり,あるべきなら,言葉は知・情・意の統一的表現として使用されるはずだ。裁判官が扱う「言葉」も同じであり,したがって判決を純粋に技術的なものとすることはできない。もしできるとするなら,裁判はコンピューターによって置き換えられる。が,それができないことは周知の事実であり,これは裁判官自動機械論の誤謬として知られている。
     
    だから,「最高裁判決は技術的であった」というのは,厳密には誤りである。言葉を扱う裁判が,純粋に技術的・論理的であり,したがって数学的客観性を持つといったことはありえない。
     
    ましてや今回は「宣誓」といった心情の深部に関わる事柄を「憲法の精神」に照らして裁いたわけだから,判決にあたっては「知」だけでは済まず,憲法や副大統領の「情」や「意」を斟酌せざるをえないわけだ。判決文そのものを見ていないのでそこのところがどうなっているか正確にはわからないが,常識では裁判とはそのようなものである。
     
    ところが,ラル氏は,裁判については言葉の「技術性」を無条件に認めつつ,その判決に対する世間の反応は「情緒的」「感情的」だとして批判し,こう分析される。
     
     「言語は理性的というよりもむしろ情緒的である。ヒンディー語を個人的・私的に愛好しつつ,公的には嫌悪するのは,ネパール・プチブルが『インド的』なあらゆるものに対し心に抱いている屈折した憧憬と,それ故の鬱々たる憤りの反映にすぎない。それは,偉大なる兄(Big Brother)に対する根深い劣等感と絶望感から生み出されるのである。」
     
     これは周知の事実だ。物心ともインドに依存しているにもかかわらず,それを認めてしまうと,ネパールは跡形もなく吸収されてしまう。これは,繰り返し繰り返し語られてきたネパールの常識だ。
     
     この常識をもとに,ラル氏は,「民族中心主義(ethnocentrism)」は危険だから,これを防止せよ,と警鐘を鳴らす。そして,ジャー副大統領を法廷侮辱罪で告発した人々を,変な理由で,評価する。つまり,この告発により,「最高裁は判決を見直し,ジャー副大統領のメンツをつぶさないような判決を出す機会を与えられた」というのだ。
     
    しかし,これは屁理屈であり,理屈にはなっていない。ここには言葉の「技術的」正確さは見られない。実際には,最高裁判決は「言葉」理解が浅薄であり,判決としては不十分であった,ということではないか。ところが,ラル氏はそれを認めず,副大統領にも最高裁にも傷をつけないよう,まあまあ,なあなあで争いをおさめるべきだ,と考えておられるようだ。
     
    この記事の中でラル氏は,「ジャー副大統領は絶対に政治的ハラキリはしない」と書いている。「ハラキリ」とは穏やかでないが,この日本語を彼は日本で学ばれたのではないか? そして,そのついでに,議論を詰めず,お茶を濁して,まあ~るくおさめる日本政治文化の奥義をも会得されたのではないか? 
     
     
    しかし,これはジャーナリズムの行き方ではあるまい。そもそも,民族やジャナジャーティを焚きつけ,ネパール全土を,まるで小学生の図工のように民族ごとに色分けし,勝手気ままに切り貼りし,民族自治(自決)の空手形を乱発し,連邦制の夢想をしゃべり散らしてきたのは,マオイストであり「民主的」諸政党だ。その「精神」に忠実に,ジャー副大統領がヒンディー語宣誓をした。彼が日本的な「ハラキリ」などしないのは当たり前だ。
     
     ジャーナリズムは,主権者人民のため,そこに切り込み問題提起すべきではないか。民族中心主義も熱狂的愛国主義(jingoism)も,ラル氏が警告するように危険なものだ。だからこそ,臭いものにフタではなく,何がそれらを生み出すのか,その根源をジャーナリズムは追究し人民の前に暴露すべきであろう。
     
    *  CK Lal, "The VP's vow row: Ethnocentrism is an extremely risky proposition for a country as diverse as Nepal," Nepali Times, #462 (31 Jul - 06 Aug 2009)
    7/30/2009

    日和見るジャー副大統領

    谷川昌幸(C)
    せっかく「悪魔の代弁人」とまで絶賛したのに,ジャー副大統領が日和見し,ネパール語で就任宣誓をやり直しそうな雲行きになってきた。
     
    たしかに副大統領は四面楚歌。このnepalnews.comの紙面など,実にひどいものだ。6人が顔写真付きで意見を述べているが,全部,副大統領の全面否定。たとえ形だけでも副大統領弁護を入れるべきではないか。それがメディアの見識というものだろう。
    nepalnews.com, 29 Jul.
     
    もしこれがネワール語宣誓だったら,どうなっていたか? こんな一方的なことはできなかっただろう。ジャー副首相は,連邦民主共和制の根本原理の妥当性を問いかけているわけであり,ジャーナリズムはそれに応える義務があるはずだ。
     
    理論的に詰めた議論をしない。これは王制の時もそうであった。長い歴史を持ち,利用価値の高い王制を,まともな議論もせず,弊履のごとく捨て去ってしまった。たとえ共和制にするにせよ,王制と本気で理論的に議論はすべきだ。そうした本気の議論がないので,共和制も民主制も民族自治も,理論的に鍛えられることがない。軽~い包摂連邦民主共和制。別の風が吹けば,たちまち流され,消えてしまう。
     
    ネパール語多数派がどうしてヒンディー語少数派を抑圧できるのか? そんなことをしてはいけない,というのが連邦民主共和国の理念だったのではないか?
     
    ジャー副大統領は,日和見をせず,「悪魔の代弁人」となり,ネパール語多数派と徹底的に闘い,ネパール民主主義を鍛えるべきだ。それが,副大統領ジャー氏の祖国への第一の責務である。
    7/16/2009

    ハーバーマスとポスト世俗化国家(8)

    谷川昌幸(C)
    12.ポスト世俗化社会の信仰と知
    (1)信仰と知
    これは,周知の信仰(宗教)と知(哲学),善と真理,実践と認識といった二分法に基づく議論である。存在の認識をいくら科学的に究めても,当為は引き出せない。何かを為せという当為命令は,認識以外のものに由来する。それが信仰であり,あるいは文化的価値である。
     
    ここで問題は,そのような信仰や文化的価値を,政治とどう関係づけるか,ということである。近代国家は,国家を中立化し,信仰や文化的価値を私的領域に閉じこめようとしたが,これは前述のように失敗した。それでは,というので再び信仰や文化的価値を取り出し,統治の正当性の根拠に据えてしまえば,近代以前に逆戻りすることになってしまう。21世紀の現在,そんな時代錯誤はできない。われわれは,近代化・世俗化を経験してしまったのであり,したがっていまや「ポスト世俗化」における信仰と知,宗教と政治の関係を考えざるをえないのである。
     
     (2)ポスト世俗化国家の信仰と知
    ポスト世俗化国家は,近代世俗国家と同じく世界観的には中立ではあるが,宗教や文化的価値を切り離すのではなく,それらからエネルギーや動機付けをくみ取る。
     
    ポスト世俗化国家では,信仰を持つものと信仰を持たないものは,「見解の違いを覚悟して,それとともに生きていくのが理性的である」(p22)と考えなければならない。
     
    「すべての市民に同じ倫理的自由を保障する世界観的に中立な国家権力というあり方は、それゆえ、世俗化されたある特定の世界観を政治的に一般化する考え方とは相容れないのである。世俗化された市民は、国家公民としての役割において公共の場で論じるときは、宗教的な世界像には原理的に見て真理のポテンシャルがないと言ってはならないのであり、また信仰を持った市民たちが公共の問題に対して彼らの宗教的な言語で議論を提供する権利を否定してはならないのである。それどころか、リベラルな文化は、宗教的な言語でなされた重要な議論を公共の誰でも分かる言語に翻訳する努力に世俗化された市民たちが参加することを、期待していいのである。」(p23-24)
     
    ポスト世俗化国家においては,政治と宗教は二領域に分離されるのではない。宗教も公共的な問題について議論し,要求を出し,これを受け,世俗の側も議論し,それを世俗の側にも分かる議論に翻訳し,社会的合意を形成し,法制化していく。その意味では,ポスト世俗化国家は,宗教に積極的な政治参加――公共的討議への参加――を求めているのである。 そして,それは宗教だけでなく,民族など他の文化的価値についても同じことである。
     
    13.救済する翻訳
    人間の求めるあらゆる価値は,究極的には,信仰である。ハーバーマスのポスト世俗化国家は,そのような信仰を公共的議論を通して翻訳し,信仰を持つものにも信仰を持たないものにも受け入れられる公論に高め,法制化して取り入れようとする。
     
    たとえば,「神の似姿としての人間」が「人間の尊厳」という一般的な理念に翻訳され,憲法の中に法制化される。これをハーバーマスは「宗教のカプセルに入った意味のポテンシャルが世俗化のなかで解き放たれる」(p19)と表現している。したがって,「規範意識および市民の連帯がエネルギーを汲んでいる文化的源泉のすべてと大切につきあうことは,立憲国家自身のためにもなることとなる」(p20)。
     
    14.討議民主主義
    以上,ハーバーマスの『ポスト世俗化時代における哲学と宗教』について紹介してきたが,読み進めながらの記述のため,重複や齟齬も少なくないと思う。また,彼の他の重要な諸著作をまったく参照していないので,初歩的な誤解もあるかもしれない。しかし,そうした不十分な点が多々あるにもかかわらず,拙速を恐れず書き記してきたのは,この本には重要なことが書いてある,と直感したからである。
     
    それは,政治における文化の問題である。多文化社会化の現代において,国家は宗教や民族,言語などの文化と関わらざるをえない。国家(あるいは政治権力)は,世界観的中立を維持しつつ,それらの文化とどう関わるべきか? 
     
    ハーバーマスの討議民主主義は,宗教,民族,言語などの様々な文化集団を市民社会における自由な討議に参加させ,世論を形成し,法制化へと導いていくものである。ハーバーマスは,この自由な討議民主主義こそが参加の動機(モチベーション)を高め,支配の正当性を生み出していく,と考えた。
     
    その意味で,ポスト世俗化国家は,政治以前の文化に依拠している。ハーバーマスは「憲法愛国心」が必要だとさえいっている。憲法の規定をたんに理解するだけでなく,「ナショナルな歴史のコンテクストに即して身につける」(p11)ことを求める。きわどい主張だが,立憲国家はそのような文化的価値による動機づけなくして存立しえない,ということであろう。
     
    さて,そこでネパールである。現在のネパールは,近代的政教分離ではなく,ハーバーマスのいうポスト世俗化国家を目指している。それはネパールの多民族多文化社会の現実にあっているし,また世界世論のいまの潮流にも乗っている。 しかし,ハーバーマスの理論が難解とならざるをえなかったように,ネパールのポスト世俗化国家の試みも前途多難といわざるをえない。どうなるか,注目していたい。
     
    (注)補足,訂正:2009.7.17 
    7/15/2009

    ハーバーマスとポスト世俗化国家(7)

    谷川昌幸(C)
    10.公的討議への参加動機
    ハーバーマスは,人々の自由な民主的討議を通して相互を承認し合意を形成し,これにより統治の正当性を合理的に生み出していく,と主張する。しかし,たとえそうだとしても,人々はいったいなぜ,そのような討議に参加するのだろうか? 何のために討議するのか?
     
    近代世俗国家では,それは個々人の自然権を守るためであった。人々は,自分の生存(ホッブス)や財産(ロック)を守るため,合意により政治社会を形成し運用する。政治参加の動機(モチベーション)は個々人の利害である。この論理は,利害が民族,階級,人民のそれになっても,基本的には同じである。人々は,それらの集団の利害のために,政治参加する。動機は明白である。
     
    ところがハーバーマスは,先述のように,統治の正当性の根拠をそのような前政治的な実体的なものに求めることを拒否した。それでは,人々は何のために政治参加するのか? 何のために討議するのか?
     
    問題は,まさにここにある。ハーバーマスは,そのような民主的討議に参加し,法をつくっていく市民には,統治の客体にすぎない市民よりもはるかに大きな参加の動機(モチベーション)が必要であると主張する。
     
    「こうした国家公民は、自分たちのコミュニケーション権利および参加権をアクティヴに行使しなければならない。しかも、自己の利益を正しく理解してそれを擁護するという点に関してだけでなく、権利の行使にあたって公共の福祉を志向しなければならない。そしてこれは、相当に高度のモティベーションの投入を要求されることであるが、法によってそうしたモティベーションを強制することは不可能である。例えば、選挙に参加する法的義務というのは、連帯の指令と同じく民主的な法治国家にはなじまない。必要とあれば自分の知らない匿名の同じ市民を助けることを請け合い、公共の利益のために犠牲も覚悟するというのは、リベラルな政治的共同体の市民に受け入れてもらうには、かなり無理な要求なのである。」(p8-9)
     
    これは,ハーバーマス自身が「かなり無理な要求」と認めているように,かなり高い参加のハードルである。自己の生命や財産を守るための政治参加であれば,誰にでも理解でき,参加の動機となる。ところが,ハーバーマスは,参加に当たっては「公共の福祉」あるいは「共通善」を志向せよ,と要求する。何のために,そんなことをしなければならないのか? ハーバーマスは,啓蒙された私益は公益とか,神の見えざる手の導きによる公益といった説明をせず,ストレートに次のように説明する。
     
     「それゆえ政治的美徳は、たとえそれがほんの少額ずつ『要求される』場合でも、デモクラシーの存続には不可欠である。これは社会化の問題であり、また自由な政治文化の日常習慣や考え方に慣れ親しんでいるかどうかの問題である。国家公民という法的地位はシヴィル・ソサエティへといわば組み込まれているのである。そしてこのシヴィル・ソサエティは、そう言ってよければ、『政治以前の』生き生きとした源泉からそのエネルギーを得ているのである。」(p9)
     
    あれあれ,何か変ではないか。この「政治的美徳」とは何か? ハーバーマスの説明では,「政治以前の生き生きした源泉」から市民社会がエネルギーを得て,この「政治的美徳」を人々の間に育んでいく,ということらしい。しかし,そのような「政治以前の源泉」を認めることを,彼は拒否していたのではなかったか? あるいは,彼はこうもいっている。
     
    「デモクラシーにもとづく憲法を持つ法治国家は、自分自身の利益を考える社会市民に対して消極的自由を保障するだけではないのだ。こうした国家は、コミュニケーション的自由が躍動し、誰にとっても無視できないさまざまなテーマについて公共の論争に国家公民が参加するよう促すのである。」(p10)
     
    同じことだが,なぜ人々は「公共の論争」に参加しなければならないのか? ここのところは,少なくともこの本だけではよく分からない。おそらく,このようなことではないか。つまり,市民社会では,「政治以前」の様々な源泉からエネルギーを得た諸集団が自由な討論を通して「公共性」を形成していく。これが,慣習化され,社会化され,いわば民主主義のエートスとなり,それが人々の参加を促すように働く。いいかえるなら,それは,国家をどのように法制化するか,どのような憲法をつくっていくか,をめぐる公的討議ということになる。
     
    「先に『統合的な紐帯』がないと嘆かれていたが、そうした『統合的紐帯』はまさにデモクラシーのプロセスそのものなのである。つまり、共同でのみ実行可能なコミュニケーション的実践なのだ。そこでは最終的には、憲法の正しい理解をめぐって論争がたたかわされているのである。」(p10)
     
    11.憲法愛国主義
    自由な民主的議論,つまり憲法的問題をめぐる公的議論が成果として憲法を生み出しつつ,人々の間に「憲法愛国主義的愛着」(p11)を育む。これは「憲法愛国心」(p11)であって,単なる理性的憲法理解ではない。ここは微妙なところであって,また危ないところでもあるが,ハーバーマスはこう説明している。
     
    「『憲法愛国心』については広く誤解がまかり通っているが、その本当の意味は、市民たちが、憲法の抽象的な内容を体得するというだけのことではなく、それぞれのナショナルな歴史のコンテクストに即して憲法を身につけるということなのだ。基本権の道徳的内実がメンタリティに定着するためには、知的学習過程だけでは足りない。道徳的認識と大規模な人権侵害に対する世界中で一致が見られる道徳的憤激、こうしたものだけでは、政治的に立憲化された地球社会(もしも、こうしたものがいずれ存在することになった場合に)の市民たちの統合に役立つとしても、それはあるかなきかのかすかな統合にすぎない。同家公民のあいだで、それがいかに抽象的で法によって媒介されたものであろうと、連帯が成立するためには、まずは正義の諸原則が、文化的な価値志向の濃密な網の目のなかに根づく必要があるのだ。」(p11-12)
     
    「前政治的」なものを持ち込まないといいつつ,ここでは「文化的価値」を引き合いに出している。もちろん,何らかの「文化的価値」が憲法の基礎になるとか,国家正当性の根拠になるとは言っていない。憲法が「文化的価値」の「網の目のなかに根づく」ということ。そうすれば,「憲法愛国心」が涵養され,国家公民の「連帯」が成立するという。これはいったいどういうことであろうか?
    7/14/2009

    ハーバーマスとポスト世俗化国家(6)

    谷川昌幸(C)
    9.民主的立憲国家の正当性
    では,近代世俗国家の正当性危機は,どのような方法で克服されるべきか? ハーバーマスは,高らかに,こう宣言する。
     
    「法秩序というものはデモクラシーの中で生み出される法手続のみから自己還帰的に正当化しうる。」(p7)
    「デモクラシーの手続きを・・・・合法性にもとづく正当性の産出の方法と捉えるならば,『文化』によって満たさなければならないような正当性の真空状態などは考えられなくなる。」(p7)
    「リベラルな国家の憲法は,必要な正当性をいわば自給自足で,つまり,宗教的および形而上学的な伝統とは無関係の,手持ちの知的立論だけでまかなえるということである。」(p8)
     
    この議論は,近代民主主義の議論とよく似ている。国家権力の正当性は,人々が自由な民主主義的議論に参加し,そこで形成された人民自身の意思に基づき統治することにより,承認される。
     
    また,その際,国家権力が先に存在し,これをあとから憲法で民主的に統制するということでは不十分である。憲法は,市民が民主的な方法で自ら作り出すものでなければならない。
     
    「こうした基礎づけの戦略の準拠点は、アソシエーション的に結びついた市民が自分たちで作り相互に認めあう憲法である。ポイントは、国家権力がすでに存在していて、それを馴致するという考えではないことである。国家権力は、デモクラシーに依拠した憲法制定によってはじめて作り出されるべきものなのである。『立憲的に制定された』国家権力(国家権力が憲法によって馴致されるだけではなく)であるならば、その最内奥の核にいたるまで法制化されていて、政治権力のすみずみにまでくまなく法が浸透していることになる。第二帝政に由来する(ラバント、イェリネックからカール・シュミットにいたる)ドイツ国法学の国家意思実証主義においては、『国家』ないし『政治的なもの』に、法の及ばない人倫的基盤〔国家意思/国家理性、民族、文化などが想定されている〕という抜け穴が残されていたが、立憲国家においては、法以前の基盤から資源を汲み取っているような支配主体というものは考えられない。」(p6)  
     (注)アソシエーション=自由な意思に基づく結合
     
    このように,国家をその設立から民主主義的方法で隅々まで法制化していけば,もはや正当性の根拠を神や形而上学的実体に依存する必要はなくなる。 このハーバーマスの議論は,論理的にはよく分かる。人々がこぞって自由な民主主義的議論(討議)に参加し,合意により憲法やそれに基づく諸法,諸制度をつくり運用していくのであれば,統合は合理的かつ正当なものとして承認されるであろう。
     
    しかし,問題はそのような民主主義的議論がどのような条件の下で成立するかである。
    7/13/2009

    ハーバーマスとポスト世俗化国家(5)

    谷川昌幸(C)
    8.宗教と啓蒙の限界
    この近代世俗国家の危機に適切に対応するには,宗教と啓蒙(世俗理性)の限界を再確認しておかなければならない。ハーバーマスは,次のように指摘する。
     
    (1)宗教の限界
    宗教は,もともと「世界像」,「包括的教説」であり,「生活形式を全体として構造化する・・・・権威」であった。
     
    「しかし、解釈を独占し、全面的に生活のあり方を指示することができるというこの自負を、宗教は、知が世俗化し、国家権力が中立化し、宗教の自由が一般化したなかで放棄しなければならなかった。社会の部分システムの機能分化とともに、宗教的共同体の生活も、社会環境から自らを切り離すことになる。教会のメンバーとしての役割は、社会市民としての役割とは区別されるようになる。」(p21)
     
    宗教,たとえばキリスト教は中世の「キリスト教社会有機体(Christendom)」におけるような生活全体の秩序化は断念し,非信仰者も異教徒もいる市民社会のキリスト教会として自己を限定しなければならないのである。
     
     (2)啓蒙理性の限界
    一方,近代的理性もまた,先述したように,もはや啓蒙による無限の進歩を夢見ることはできない。 この理性の危機に対しては,しばしば「理性の回心」(p15-16)がおこる。
     
    「理性は、自己の最内奥の根拠を反省するならば、自己の起源が他者に由来することを見いだすのであり、もしも夜郎自大の自己絶対化の袋小路にはまって理性的志向を失いたくないならば、まさにこの他者の運命的な力を理性は認めねばならないのだ、とする考えである。」(p15)
     
    「こうした思考[理性の自己反省]にははじめのうち神学的な意図はなかったが、思考の途中で、自己の限界を理性が意識しはじめると、理性は自己を乗り越えて他者へと向かうのである。」(p16)
     
    しかし,ハーバーマスによれば,こうした行き方は,「神学の格好の餌食」となる。理性が救いを求める他者とは,結局,形而上学的実体か,あるいは何らかの神的なものとならざるをえないからである。それをやっては,近代以前への逆戻りである。
    7/12/2009

    ハーバーマスとポスト世俗化国家(4)

    谷川昌幸(C)
    7.近代化と脱政治化
    ハーバーマスは,シュミットのこのような近代世俗国家批判をおそらく念頭におきつつ,近代化・世俗化の問題点を次のように指摘していく。
     
     「社会全体の近代化が凄まじい勢いで進むならば,デモクラシーの紐帯を腐食せしめ,デモクラシー国家が法的に強制できないながらもどうしても必要とする連帯を,食いつぶしかねない・・・・。」(p12)
     
    つまり,国家存立には,個々人の利害に還元しきれない「国家公民的連帯」が不可欠なのに,近代化・世俗化は,市民たちを「自己の利害にもとづいて行動する孤立したモナド」(p12)に変えてしまい,その「連帯」をぼろぼろに崩壊させてしまう,というのだ。 
      *モナド(monad)=単子。部分をもたない単純な実体。
     
    (1)私的領域の蚕食
    「市場」は,まず私的領域に浸透し,「そのつどの選好に従った成果志向型行為メカニズム」(p13)にその領域を服従させていく。私的領域は市場化され,「孤立したモナド」の利害競争の場となる。
     
    この私的領域の市場社会化は,日本でも切実に実感されているところだ。たとえば,市場原理から切断されているべき教育ですら,競争原理,成果主義に席巻されている。文科省は日本の学校を幼稚園から大学まで「孤立したモナド」の競争の場に変えてしまった。いまや学校は,市場原理にひれ伏し,即戦力として使える人材の育成に躍起になっている。「即-戦力」とは,「即-使い捨て」を意味する。学校は,そんな使い捨て消費財の下請け製造工場ではないはずだ。
     
     (2)国家公民の私生活中心主義
    近代化=世俗化=市場化は,公的領域にも浸透し,そこを蚕食していく。
     
     「公的な正当性が必要だった分野も収縮してくる。デモクラシーに依拠した意見形成と意思形成の機能が喪失し,いわばやる気をなくしてしまうことによって,国家公民の私生活中心主義が強まる。」(p13)
     
    市場化は,市民を「脱政治化」していくのである。
    7/11/2009

    ハーバーマスとポスト世俗化国家(3)

    谷川昌幸(C)
    5.世俗国家は自己を正当化できるか?
    ハーバーマスの問題提起は,根源的であり,従って簡潔明瞭である。つまり,世俗国家は,他者に依存することなく,自己を正当化できるか? という問いである。
     
    国家が,もしその支配の正当性の根拠を,宗教あるいは文化,民族など,政治以上に根源的と想定される何らかの「支えてくれる力」(p7)に求めざるを得ないのなら,国家は厳密には「世俗的」とはいえない。
     
    あるいは,もし国家が何らかの「支えてくれる力」に依存するなら,憲法や法律もその正当性ないし効力(validity)を,結局は「政治以前の文化的信念」に依存することになる。この場合,憲法や法律も「世俗的」とはいえないことになる。
     
    以前であれば,国家は安んじて正当性の根拠を神(宗教)や他の形而上学的神代替物(民族,文化,人民,階級など)に求めることができた。しかし,ハーバーマスによれば,ポストモダンの現代では,もはやそれは許されず,「民主的立憲国家の規範的基準を非宗教的かつポスト形而上学的に正当化」(p4)することを目指さざるをえないというのである。
     
    はたして,そのようなことは可能なのであろうか?
     
    6.世俗的中立国家の成立と崩壊:C.シュミットの場合
    近代化は世俗化であり,近代世俗国家は,宗教的ないし世界観的に中立の立場をとる。この問題を最も鋭く分析したのはカール・シュミットであり,ハーバーマスもそれを下敷きにして,議論しているように思われる。シュミットは「中立化と脱政治化の時代」(1929,長尾龍一訳1973)において,次のように述べている。
     
    「幾世紀かにわたって神学的思惟が営々として築き上げた諸概念は今や興味薄い私事と化した。一八世紀の理神論においては、神自身さえ世界の外にあり、現実生活の対立抗争に対し中立的存在となった。・・・・一九世紀にはまず君主が、続いて国家が中立的存在となり、中立的権力と中立国家という自由主義的教説において、政治神学の一章は完結した。この一章こそ、中立化過程が政治権力という決定的存在をも支配したものであり、中立化過程に古典的表現を与えたものである。」(シュミット『危機の政治理論』現代思想1,ダイヤモンド社,1973, p144)
     
    あるいはまた,シュミットは近代国家の原型といってよいホッブスのリバイアサン(国家)の本質を,次のように鋭く摘出している。
     
    「国家は人間の製作物であり、その素材と技師、機械と設計者が同一者、即ち人間である。かくて魂もまた人聞が人為的に製作した機械の一部品に過ぎなくなる。それ故完成品として出てくるものは巨人でなく巨大な機械である。それは人間、それによって支配され保護されている人間の此岸的・物理的生存を保障する巨大なメカニズムに他ならない。」(「ホッブズと全体主義」1937,長尾龍一訳『リヴァイアサン:近代国家の生成と挫折』福村出版,1972,p.19)
     
    しかし,シュミットによれば,「巨大な命令機械」にして「可死の神」たるホッブズの国家(=近代国家)は,内面と外面を分離し,外面のみを支配するその中立性のゆえに,崩壊の宿命にある。
     
    「私と公、内面的信仰と信仰の表現の区別の導入は、十八世紀に貫徹し、遂に自由主義的法治国・立憲国家に到達した。近代の「中立的」国家の発端は、新教諸派の宗教思想でなく、この不可知論に発する。憲法史的にみれば、その端緒をなしたのは、近代個人主義の思想・良心の自由および自由主義的憲法体系の構造の特徴たる個人の自由権を神学的でなく法学的に構成したことと、実体的真理の不可知性から国家権力の外的性格を正当化したことの二つであり、後者が十九・二十世紀の『中立的・不可知論的国家』の源泉をなしたのである。ホッブズは・・・・政治体系の中に内的・私的な思想と信仰の自由の留保をとりこんでいる。この留保こそ強力なレヴィアタンを内から破壊し、可死の神を仕止める死の萌芽となったのである。」(「レヴィアタン」,上掲訳書,p90-91)
     
    「内面と外面の対立を一旦承認すれば,内面・不可視・静寂・彼岸の外面・可視・喧噪・此岸に対する優位を承認せざるをえない。」(同上,p98)
     
    「『巨大な機械』としての国家の神話的象徴たるレヴィアタンは国家と個人的自由の区別の故に壊滅した。個人的自由を組織した諸組織がメスとなり、そのメスをもって反個人主義的諸勢力がレヴィアタンを切りきざみ、その肉を分配した。かくて可死の神は再び死んだ。」(同上,p118)
     
    これは,世俗国家にとって,冷酷な死の告知である。啓蒙の近代を通ってきた西洋はむろんのこと,いま世俗化に着手しつつある途上国もまた,この国家の世俗化・中立化の持つ本質的問題から目を逸らすことは許されない。
    5/19/2009

    A ・ センのセキュラリズム擁護論

    谷川昌幸(C)
    Secularismは,「世俗主義」であり「政教分離主義」だが,先にも述べたように,南アジアでは,一般にコミュナリズム(宗教対立主義)の反対概念と受け取られている。世俗主義あるいは宗教不介入政治のニュアンスの強い西洋や日本とは,相当異なっている。
     
     この点について,面白い議論をし,南アジア型政教分離主義を擁護しているのが,A・センだ。彼は,大著『議論好きなインド人:対話と異端の歴史が紡ぐ多文化世界』(明石書店,2008)において,次のように述べている。
     
     「インドの政教分離主義の形態は,西洋の一部で政教分離主義が定義されるやり方と完全には同じではない。宗教的な多様性に対する寛容は,インドが,時代をおって挙げるなら,ヒンドゥー教徒,仏教徒,ジャイナ教徒,ユダヤ教徒,キリスト教徒,ムスリム,パールシー,シク教徒,バハーイー派などの共通の家となってきたという事実に暗黙のうちに示されている。」(p43)
     
     では,インドを諸宗教の「共通の家」とするとは,どのようなことか? 以下,彼の記述に沿って,見ていくことにしよう。
     
     
     センによれば,インドのセキュラリズム(政教分離主義)は「多様性の豊かさを良しとする断固とした姿勢」をもち,「多様性に対する寛容」の実現を目指している。それは,政治の宗教への関与禁止というよりは,むしろ諸宗教への国家の中立・公平な関与を意味している。
     
     こうした考え方は,すでにアショーカ王(紀元前268-232年頃)やアクバル大帝(1542-1605)の頃から見られた。アショーカ王は「人は,己の宗派に敬愛をささげ,他人の信条を理由なく貶めてはならない」と述べているし,アクバルも「何人も宗教を理由として干渉されてはならず,だれもが自分に好ましい宗教を選び取ることが許されるべきである」と述べている。
     
     こうした観点からすると,かつてのフランスのように,セキュラリズムを根拠にスカーフ着用を禁止することは出来ない。個人がどの宗教をもち何を着用しようと,セキュラリズムそれ自体では,それを禁止できないのである。
     
     インドのセキュラリズムは,国家の宗教関与禁止ではない。国家は宗教に積極的に関与しても,中立・公平でさえあればよい。
     
     「一つの宗教集団の信仰の権利を保護し,それ以外を保護しないといった,不均衡な関与でないかぎり,宗教的自由のために国家が熱心に活動することは,政教分離主義原則の侵犯ではない。」(p489)
     
     
     しかし,このインド型セキュラリズムに対しては,当然,様々な批判がある。センは,そのそれぞれに対し次のように批判し,インド型セキュラリズムを擁護していく。
     
     (1)「非存在」批判
     これは,インドには実質的にはセキュラリズムなどなく,現実にあるのは「ヒンドゥーのインド」「ムスリムのパキスタン」にすぎない,という批判。
     
     センによれば,たしかにこれはある程度事実だが,だからといってセキュラリズムが無意味であるわけでも,否定してよいというわけでもない。インド独立のとき,パキスタンはイスラム共和国となり,インドはセキュラリズム(政教分離主義)を採った。この違いは,やはり決定的に大きい。
     
     パキスタンでは,イスラム教冒瀆罪があり,国家元首はムスリムでなければならない。これに対し,インドはセキュラリズムの憲法をもち,パキスタンのような冒瀆罪はないし,非ヒンドゥー教徒も多数国家要職に就いてきた。セキュラリズムは機能してきたのだ。
     
     この「非存在」批判は,インド・セキュラリズムは不完全だから,もっとその目標に向かって努力せよ,という意味に理解すべきだ。また,諸宗教に対する国家の中立も,具体的にどうすべきかは,明確ではない。この点についても,もっと政策的に明確にせよ,という要求として理解すべきだ。
     
     たとえば,センは冒瀆罪について,こう問いかけている。(A)すべての宗教を対象に冒瀆罪を適用するのも,(B)どの宗教に対しても冒瀆罪を適用しないのも,どちらも宗教に対する国家の態度としては平等だ。では,国家はどちらの態度を選ぶべきか?
     
     Aをとれば,国家はどの宗教についても,他からの攻撃からその宗教を守ることが出来るが,その反面,もしその宗教が不寛容や人権侵害をしている場合,国家はそれを守ってしまうことになる。これに対し,Bをとれば,宗教は他から攻撃されても,国家から守ってもらえないことになる。
     
     さらに,インドのように多くの宗教があると,冒瀆罪の普遍的適用は実際には無理だ。 結局,インドは,AとBの間のどこかを選択せざるをえないことになる。
     
     (2)「えこひいき」批判
     これは,セキュラリズムは,結局は,マイノリティとしてのムスリムを優遇するものにすぎない,という批判。たとえば,一夫多妻について,ヒンドゥーは処罰されるのに,ムスリムはイスラム法により許されてしまう。ムスリムだけに彼らの家族法や「特権」が認められるのは,「えこひいき」だ,ということである。
     
     しかし,センによれば,ヒンドゥーは「ヒンドゥー家族法」をもつのであり,ムスリムが「ムスリム家族法」をもったとしても,差別にはならない。この場合,差別があるとすれば,それは女性に対する差別だ。一夫多妻禁止は,独立後,インド人自身がヒンドゥー法改正(1955,56)により実現したことだ。
     
     インドでは,アンベードカルらが「民法・刑法の基本的統一」を求めたが,憲法では結局,「国家政策の指導原則」の中で,「国家は国民に対してインドの領土全域にわたる統一民法典を確立する努力を払わねばならない」と謳ったにすぎない。
     
     これは難しいところだ。センもこういっている。
     
     「不均衡な取り扱いという一般的な問題は,たしかに重要であり,あらゆる集団に属する個人にひとしく適用される一連の統一民法典を作成する努力には,何ら非政教分離主義的なものはない。他方で,この篇ですでに論じたように,政教分離主義の原則は,異なる宗教集団が均衡をもって取り扱われるかぎりは,集団ごとに異なる民法が将来にわたって維持される状態をも容認するのである。後者の選択肢への反論としては,正義への配慮をもちだすこともできよう。つまり,たんに異なる宗教集団間の取り扱いにおける均衡だけでなく,宗教以外の分類上の差異,たとえば,異なる階級間,女性と男性間,貧者と富者間,「エリート」と「下層民衆」間で適用される公正さにも,均衡が要求されるべきであるとするのである。」(p503-4)
     
     「私たちは,(1)異なる宗教集団間の均衡の必要性(政教分離主義的配慮の一つ)と、(2)均衡がいかなる形態をとるかの問題,つまり正義の諸原理によって補強されねばならない課題とを,とりわけ厳密に区別せねばならない。そしてこれらの原理はさらに政教分離主義を大きく超えて,一方で宗教集団の自律性に与えられる重要性へ,他方では階級やジェンダーなど,非宗教的範疇によって分類されるインド人の異なる集団間の公平性という,二つの避けがたい問題へと私たちを導くのである。」(p504)
     
     (3)「先行するアイデンティティ」批判
     ヒンドゥー・アイデンティティは,「インド国民」よりも政治的に先行するから,セキュラリズムは誤りだとする批判。あるいは,様々な文化があるにせよ,坩堝ではヒンドゥー的観点からそれらは融合される,あるいはインドの統一はヒンドゥーの「接合力」によらざるをえない,という批判である(p492)。
     
     この批判には,事実で反論できる。パキスタン・イスラム共和国の建国の父ジンナーは,必ずしも敬虔なムスリムではなかった。逆に,ガンディーは,個人生活では極めて宗教的であったが,政治においては強力に政教分離を主張した。このように,宗教アイデンティティが必ずしも「国民」に直結するわけでも先行するわけでもない(p505-6)。
     
     インドには,ヒンドゥー教以外にも,決して無視できない古い伝統をもつ大きな宗教集団が多数存在する。だから――
     
     「インドとインド人の多様性を前提とするならば,何らかの基本的均衡と,国家と特定宗教との効果的分離を確実にする以外に,真の政治的選択は存在しない」(p509)。
     
     ヒンドゥーは,語源的にはもともとインダス河に由来し,この地方の人々のことだった。だから「ヒンドゥー・ムスリム」「ヒンドゥー・クリスチャン」といった表現もよく使われていた(p510)。ヒンドゥーは多様なものなのだ。
     
     「調和と寛容による共生は,ヒンドゥー教徒のほかに,ムスリム,キリスト教徒,ジャイナ教徒,仏教徒,パールシー,ユダヤ教徒,そして何らの宗教をももたぬ人々までもふくむ社会についても妥当するのである。」(p512)
     
     (4)「ムスリム分離主義」批判
     ムスリムはインドに忠誠ではない,という批判。これについては,根拠はない。インドのムスリムは,国家への忠誠の点では,ヒンドゥーと何ら変わらない。
     
     (5)「近代主義」批判
     セキュラリズムは近代主義であり,この近代主義こそが伝統的寛容を否定し,宗教対立を激化させたとする批判。A・ナンディはこういっている。
     
     「インドが近代化するにつれて,宗教的暴力は増大している」(p515)
     「政教分離主義のイデオロギーを容認することは,支配のあらたな正当化としての進歩と近代性のイデオロギーを容認し,大衆へのあらたな阿片としてのイデオロギーを確立し維持するための暴力を容認することである」(p516-7)。
     
     しかし,このような近代主義批判は,本当に妥当だろうか? センによれば,たしかに近代国民国家にはそうした側面があるが,長期的に見て(たとえば1940年代と現在とを比較して)近代性の前進が暴力の増大を招いたとはいえないし,インドの政教分離主義は,すでに近代以前のアショーカやアクバルにも見られた考え方であり,もともと諸宗教集団の公平な扱いを求めるものであって,それがより多くの暴力を引き起こすとは考えられないという。
     
     (6)「文化論的」批判
     インドは文化的に「ヒンドゥー教徒の国家」だという批判。しかし,ヒンドゥーを認めることがどうして他宗教の否定となるのか。インドは,イスラムなど多くの文化との交流,結合により成立している。インドの文化や芸術を,ヒンドゥーとムスリムに二分することなど出来ない。
     
     またインドにはヒンドゥー教以外の,非宗教的な文化や伝統もある。この「文化論的」批判は,それらを無視してしまうことになる。
     
     3
    以上のように,A・センは,セキュラリズム(政教分離主義)批判を詳しく検討し,一つずつ反駁し,その弁護につとめている。議論はかなり錯綜し,必ずしも明快とはいえないが,次のような結論は妥当なものといえるだろう。
     
     「近時,ふんだんにまき散らされている反政教分離主義への誘惑に抵抗するには十分納得できる理由がある。私たちの忍苦の冬は,いまのところ,『光溢れる夏』に道を譲るとは思えないが,政教分離主義の政治的放棄は,インドを今より一層寒々としたものと化すことだろう。」(p522)
     
     セキュラリズムについては,たしかに評価が分かれている。ポストモダンの立場からは,A・ナンディのように,まさに近代原理としてのセキュラリズムこそがコミュナル・アイデンティティを明確化させ,宗教対立を激化させる,という批判がなされる。
     
     ネパールについてみると,1990年の民主化以降,ネパール政府は科学的「人口調査」(1991)をやり,それに基づいて諸集団を明確に区分し,アイデンティティを付与し,集団の権利を与え,包摂民主主義的な統治を始めた。逆にいえば,諸集団は,国家から付与されたアイデンティティに従って集団再確認・再形成をし,それに依拠して権利主張し,相互の対立を激化させてきた。大きく見ると,結局,ネパールの社会諸集団は,近代性原理の掌の上で踊らされている,ともいえる。
     
     それはそうだが,しかし,血相を変え拳を振り上げ権利要求しているマデシや被抑圧諸集団に対し,あなたたちのアイデンティティは,あなたたちが攻撃しているそのネパール近代国家が創ったものですよ,といってみても,それでどうなるものでもない。眼前に近代国家があり,いまさら「伝統的生活の寛容」に戻ることは不可能だ。ネパールの人々も,近代性の禁断の木の実を食べてしまったのであり,であれば,近代的セキュラリズムを踏まえた政治と宗教の関係づけを探っていくより仕方ない。
     
    A・センのセキュラリズム(政教分離主義)論は,近代性原理とポストモダン的議論をともに踏まえたものであり,それだけにわかりにくいところもあるが,インドやネパールにおいて政治と宗教の関係を考えるには,このようなスタンスをとるのがもっとも現実的といってよいであろう。

    5/14/2009

    大統領と首相,CK・ラル氏の正論の危うさ

    谷川昌幸(C)
    CK・ラル氏がネパリタイムズ(#450)で,ヤダブ大統領の越権を厳しく批判している。議院内閣制においては,議会に責任を負う首相が,そうでない大統領に優位し,大統領は越権行為をしてはならないということ。このもっともな正論にもとづき,ラル氏はヤダブ大統領とギャネンドラ国王を比較し,こう述べている。
     
    「ヤダブの行為は,2002年10月4日のギャネンドラの権威主義的決定に似ている。いや,この比較は元国王に酷だ。王制には伝統の裏付けがあったが,大統領にはないからだ。国家元首が地位と名声をかけて行政権を掌握してもよいのは,戦争,内乱,経済危機の三つの例外状況においてだ。ギャネンドラは,これら三つすべてに直面していた。ヤダブは,必要性の原理を適用してもよい条件,つまり国家存亡の危機には何一つ直面していなかったのだ。」
     
    ラル氏は,少なくとも国家元首の権力行使については,ヤダブ大統領よりも国王の方がまだましだ,といっている。これは,私がこれまでに幾度か指摘したことだ。
      2009/05/04 大統領陛下の裁量権
     
    まだ誰も指摘していないが,現行暫定憲法において,大統領は,実際には首相よりも強力な地位にある。国王並みの地位といってよい。
     
    まず,首相は制憲議会の過半数で解任される(§55A)のに対し,大統領は新憲法公布施行まで任期があり(§36C),2/3以上の多数でないと解任されない(§36E)。逆に言えば,1/3の支持さえ確保すれば,大統領の地位は安泰だ。
     
    政治的にも,過半数以上を確保しなければ政権運営ができない首相に対し,大統領は政権運営に直接的責任を負わず,超然とした安全圏にいる。そして,首相の地位が不安定で,内閣がしばしば交替するようだと,それに反比例して大統領の権威は高まり権力は増大する。大統領はキングメーカーとなり,ますますキングに近づく。
     
    これについては,大統領の行為には内閣の助言が必要だと反論されるかもしれないが,これは1990年憲法の国王の場合も同じであった。
     
    この点については,暫定憲法には1990年憲法と同様,大きな落とし穴がある。大統領には「憲法を擁護する義務」(§36A)が付与されており,これは「憲法秩序を守る=国家を守る」というふうに解釈されるおそれがある。そして,事実,ヤダブ大統領は,この観点から,プラチャンダ首相は憲法の定める「政治的合意」にもとづく権力行使をしていないとして,カトワル解任問題に介入し,首相決定を覆してしまったのだ。
     
    ヤダブ大統領は,頑張るつもりなら,ギャネンドラ国王以上にがんばり強権を行使できる。私は,こうした権力の二重構造を危惧し,大統領を置くのであれば,儀式的大統領とすべきだと主張してきたが,ネパールの人々はそうはしなかった。暫定憲法を読んでみよ。以前「国王」と記されていたところの大部分が,「大統領」によって置き換えられている。大統領は民選国王のようなものだ。
     
    だから,ラル氏のような危険な議論も,憲法解釈としては必ずしも誤りとはいえない。ラル氏は,先に引用した部分で,国家元首(=大統領)に非常時における大権行使を認めている。が,こんなものを大統領に認めてしまってはダメだ。 例外状況における決定者こそが,本当の主権者であることは,政治学の常識だ。ラル氏のように考えるなら,大統領の方が首相より上位の決定権者となり,ヤダブ大統領の行為は正当だと言うことになってしまう。
     
    大統領に非常事態大権を認めるくらいなら,王政復古した方がはるかにましだ。
    5/4/2009

    大統領陛下の裁量権

    谷川昌幸(C)
    ヤダブ大統領が,プラチャンダ首相の「助言」を拒否し,カトワル統幕長に留任を命令した。天皇が,内閣の解散助言を拒否し,議会継続を命令したようなもの。スゴイ。
     
    2008年5月,大統領設置が議論されていたとき,完全な「儀式的」大統領にしないと,二重権力になり危険だ,と警告した。それなのに,猫の目憲法改正で大統領権限は国王並みとなってしまった。いまや大統領は「擬似国王」であり,歴代国王と同様のことをやり始めた。
     
    ヤダブ大統領は,首相のカトワル統幕長解任方針に「不同意」を表明,マオイスト以外の諸政党や識者・有力者らの意見聴取を始めた。そして,内閣がカトワル統幕長解任を正式決定すると,それを全面的に拒否し,大統領公文書により正式にカトワル将軍に統幕長留任を命令してしまった。
     
    こんなことをされては面目丸つぶれ,プラチャンダ首相は,大統領命令は違憲であり無効だ,と激怒している。いったい,大統領と首相のどちらが偉いのか?
     
    このままでは実力決着だろう。NCは栄光の過去を思い起こし,3日,タイヤ焼きをやった。かなり派手に燃えたらしい。
     
    しかし,タイヤ焼きでも爆弾闘争でもマオイストの方が圧倒的に経験豊富だ。2万の精鋭部隊が控えている。もしマオイストを野に放てば,元の木阿弥,また内戦になる。今度は,国王がいないので,国軍とのガチンコ勝負,本格的な内戦になるだろう。どちらが勝つか,何ともいえない。
     
    そんな最悪事態にはならないことを祈っている。最高裁提訴でしばらく冷却期間をおく,という手もある。
    5/3/2009

    カトワル解任危機と大統領権限

    谷川昌幸(C)
    現在(3日午後7時),ネパールとの通信がほぼ停止状態で,状況がよく分からない。インド各紙によると,マオイストが単独で閣議を開き,カトワル統幕長の解任を決定したらしい。
     
    しかし,この閣議決定はヤダブ大統領が署名しなければ,発効しない。マオイスト以外の与党4党(UML,マデシ人権フォーラム,サドバーバナ党,CPN-U)も,NCを含む17野党も,全部このカトワル統幕長解任に反対しているので,実際には解任は容易ではない。むしろマオイスト主導政権の存続の方が危くなってきた。
     
     
    ここで問題となるのは,大統領の権限である。以前にも指摘したように,6次にわたる暫定憲法改正により,大統領には,国王とほぼ同等の権限が認められている。大統領は「国家元首」であり,国軍の「最高司令官」であり,法案や他の政府決定を認証する権限,あるいは「非常事態」宣言の権限さえも与えられている。 この二重権力状況は極めて危険だ。
     
    カトワル統幕長解任危機を何とか大混乱なく乗り切らないと,たいへんなことになる。大統領は国王よりも危険であることを,ここで改めて再確認すべきだろう。
    4/17/2009

    政府シンボルマーク(補足修正)

    谷川昌幸(C)
    昨日の「暫定政府シンボル」について,畏敬するM氏から,それ(下図2)は制憲議会のシンボルマークではないか,とのご指摘をいただいた。「政府(government)」は,政治学業界では広義の立法・行政・司法を含む概念としても用いられるが,一般には「行政府」と理解される場合が多いので,たしかに前回の表現はやや舌足らずでした。このマークは制憲議会HPに掲載されています。
     
    ネパールはいま,国家改造中で,シンボルマークも乱発気味。どれが,どの機関のものやら,わかりにくい。
     
    わが東京都ですら,つい先日,下水道局のシンボルマーク(下図5)をめぐって,大騒ぎした。下が正規のマーク,上は「ちょっとダサイ」と感じた職員が手を加えて作成したマーク。お上の逆鱗に触れ,3400万円をかけ作り直した。担当の部長と課長は懲戒処分。
     
    たかがシンボルマークというなかれ。これは集団のアイデンティティに関わることであり,権力の側は全力でそれを守ろうとする。日本政府は,日本のシンボルマーク「日の丸」を日本人全員に強制している。「日の丸」を認めない人,「日の丸」はダサイ,ハトでも飛ばすかなどと考える人は,懲戒処分や糾弾,はては命を落とすことさえ覚悟しなくてはならない。
     
         
    (1)ネパール国章  (2) 制憲議会(?)  (3)選管(?)
     
    (4)新ネパール国旗提案の一つ
     
    (5)東京都下水道局(東京新聞4/10)          
    4/16/2009

    暫定政府シンボル

    谷川昌幸(C) 
     
    正式にはどう呼ぶのか分からないが,現在の政府のシンボルマークがこれ。 デザイン的にはいまいちだが,メッセージは明確だ。皆で頑張って国を再建し支えよう,とういこと。しかし,国歌は新しいものに変えたのに,なぜ国旗は変えなかったのかなぁ? 
     
     
    国旗図案の解釈は難しいが,この図案はおそらくヒンドゥー教的なものだ。もしそうなら,世俗国家をウリにしているのだから,国旗も変えなければならないことになる。
     
    もっとも,インド文化圏では「世俗的」の意味が,西洋世界とは異なるようだから,「ヒンドゥー教国家であっても世俗的」という深遠なインド政治哲学によれば,この国旗でもよいことになる。
     
    おそらく,そういうことであろう。そんなことも分からんようでは,まだまだ修行が足らんわけだ。冷汗猛省。