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    10/25/2009

    気になる映画「仏陀再誕」

    谷川昌幸(C)
    巷ではいま映画「仏陀再誕」が話題になり,多くの人が観に行っているらしい。私はまだ観ていない。これが映画の公式HP――
     
     
     鬱々状態だと,このキャッチコピーはこたえる。お釈迦様にすがりつき救いを求めたくなる。
     
    右下には, 「映画の収益の一部は,ネパール大使館の協力のもと,釈尊生誕の国,ネパールの子どもたちの教育支援に役立てられます」と表示されている。
     
    左下には,「東映株式会社」「映画『仏陀再誕』ネパール教育支援プロジェクト」と表示される。
     
    ここをクリックすると,プロジェクトHPに移り,この画面となる――
     
     
    ここのブログには,プロジェクト・メンバーがヨンザン・タマン駐日大使と会見し,次のメッセージをいただいたことが紹介されている――
     
    「~ネパール大使メッセージ~ 物質的な面のみならず、思想の面、考え方の面でも、もっと我が国を支援していただけることを希望しています。そして、人々を変えて行っていただきたいと思います。これはみなさんの使命でもありますし、我が国にとってとても役立つことなのです。」
     
    そして,支援予定の学校の生徒や校長先生,村の人々の写真が紹介とともに掲載されている。プロジェクトのスローガンは――
     
    「 映画『仏陀再誕』で,ネパールの子どもたちに学校を!」
     
    である。
     
    これまで繰り返し述べてきたように,いまネパールは,仏教を前面に押し出し,国家再建を進めている。政治家も知識人も,こぞって仏教の平和主義や平等主義を礼賛している。
     
    この映画「仏陀再誕」は,ネパールにおけるこの仏教再興の機運を見事に捉えた誠に素晴らしい企画である。とくにそれが「貧しい子どもたち」(プロジェクトHPより)のための教育支援を目的として高らかに掲げていることは,絶賛に値する。日本国民,こぞって鑑賞すべきだろう。
    10/24/2009

    国連左右にスジャータさん

    谷川昌幸(C)
    毎日ウツウツ,何もする気がしない。絶不調。こんな時は,ネアカの国のネアカ代表スジャータ副首相のご尊顔を拝すに限る。
    (nepalnews.com)
     
    左右にランドグレンUNMIN代表とピパー(パイパー?)国連現地調整官をしたがえ,スジャータ副首相はご満悦の様子。見ているだけで,スカッとする。
     
    ネパールの政治は誰が動かしているのか,よくわからない。ネパール首相が何かしているようには見えないし,ヤダブ大統領には権限がない。
     
    どうせ,その筋に操られているのなら,ネアカのスジャータさんを首相か大統領にしてあげてもよいのではないか。ミスネパールでは,ちょっと軽すぎるような気がする。
    10/21/2009

    アフガン派兵,断固反対

    谷川昌幸(C)
    自衛隊の扱いについては,以前にも書いたように,民主党の方が自民党よりもはるかに危険である。民主党は,朝日新聞などと共闘し,海外での「軍民協力」を積極的に推進するつもりなのだ。
     
    事実,北沢防衛大臣は,昨日,自衛隊のアフガン派遣を示唆し,さらに今日,ゲーツ国防長官との会談でも,その可能性に言及した。
     
    これは,オバマ政権の思うつぼだ。オバマ大統領は,核廃絶の理念を掲げつつ,通常兵器による覇権強化を図っている。しかもアメリカの犠牲は最小限にとどめる。それには,戦争のロボット化と諸外国の派兵増強が不可欠だ。したがって,オバマ政権としては,日本政府にも本格的な海外派兵を認めさせなければならないのである。
     
    ゲーツ国防長官は,会見から想像するにかなり高圧的な人物で,今回の交渉でも日本側を相当脅したのではないかと思われる。アメリカ側からすれば,沖縄で多少譲歩し,インド洋上給油中止を受け入れたとしても,自衛隊をアフガンに派兵させることが出来れば,戦略的には大成功なのだ。民主党は,朝日新聞にそそのかされ「軍民協力」に傾いているので,こわもてゲーツ国防長官にちょっと凄まれたら,おそらく抵抗は出来ないだろう。
     
    その点,自民党はさすが保守本流,自衛隊海外派兵については,慎重であった。インド洋上給油は,自衛隊アフガン派兵拒否のための免罪符だという自民党の言い分には,それなりの合理性がある。保守本来のずるがしこさ,大人の現実主義といってよい。
     
    民主党には,そのような政治的深慮はない。「軍民協力」で名誉の戦死がでることへの怖れなどまったく感じられない。このままでは,社民党がいくら抵抗しても,ごまめの歯ぎしり,自衛隊はアフガンに進軍することになるだろう。
     
    ▼追加(2009.10.22)
    岡田外相が,PKO5原則の見直しを外務省に指示した(朝日10/22)。5原則を緩和し,自衛隊派兵を促進するつもりだ。民主党は軍事的平和貢献をマニフェストでも謳っており,これは党是。自民党より恐ろしい。こんな党に参院選で勝利させてはならない。
     
    民主党マニフェスト
    54 世界の平和と繁栄を実現する
    ○わが国の主体的判断と民主的統制の下、国連の平和維持活動(PKO)等に参加して平和の構築に向けた役割を果たす。
    ○海上輸送の安全確保と国際貢献のため、適正な手続きで海賊対処のための活動を実施する。
     
    PKO5原則(毎日10/21)
    (1)停戦合意が成立
    (2)紛争当事者が日本の参加に同意
    (3)中立的立場を厳守
    (4)基本方針が満たされない場合は撤収できる
    (5)武器使用は命の防護のための必要最小限に限る
     
    参考
    10/20/2009

    マオイスト・ポスター5種

    谷川昌幸(C)
    すごいポスターを見つけた。目から光線が放射されている。原寸の迫力は革命的。宣伝用ポスターだから,著作権は主張されないだろう。いや,そもそもマオイスト・イデオロギーからして,そんなけちなブルジョア的権利要求はないはずだ。というわけで,ここでご紹介する次第。
     
     
     
    10/16/2009

    ヒンドゥー教からの改宗:インド

    谷川昌幸(C)
    今日の朝日新聞記事「さらばヒンドゥー教・インド最下層で相次ぐ改宗」は,ネパールにとっても示唆的だ。筆者は武石英史郎記者。
     
    記事によると,インドでは,下層カーストの仏教やキリスト教への改宗が増えている。
     
    仏教への集団改宗を指導しているのは,佐々井秀嶺師。師自身が立ち会った改宗者がすでに300~400万人,全国だと1億人以上だという。途方もない数字だが,ネパールにおける仏教興隆の勢いをみても,十分考えられることだ。
     
    キリスト教はまだ表に出にくく,かなり多くが「隠れキリシタン」となっているらしい。VHPによると,6千万人以上らしい。これもたいへんな数字だ。
     
    では,この流れにどう対処するか? RSS(民族奉仕団)やVHP(世界ヒンドゥー協会)が反撃に出てコミュナル紛争が激化するおそれがある。ネパールにとっても,他人事ではない。難しい問題だ。
    10/15/2009

    ゴルカパトラHPは大丈夫か?

     谷川昌幸(C)
     この10日ほど前から,ゴルカパトラ(ライジングネパール)HPが変だ。読み込めなかったり,「危険,読むな」の警告が出たりする。私のパソコンがおかしいのかもしれないが,他のサイトは正常なので,やはりゴルカパトラHPの方に何か問題があるのだろう。
     
    専門的なことはわからないが,ウィルス防止ソフトは通過している。ウィンドウズが「メモリーが・・・・」とやらの警告を出し,IE8が「危険,読むな」の警告を出す。
     
    ネパールのHP,とくに「テロリスト」系の中には,内容ではなく接続それ自体が危険なサイトがいくつかある。こちらはウィルスソフトが警告してくれる。
     
    「テロリスト」系は,読みたいが,接続が怖い。ゴルカパトラは,読まなくてもどうということはないが,「読むな」といわれると,やはり気になる。こんな時,パソコン素人は,どうしたらよいのだろう。
    10/14/2009

    俎上のネパール国家

    谷川昌幸(C)
    ネパールの連邦制について,ちょっと調べている。国家の大まかな形についての合意すら出来なければ,そもそも新憲法などつくれるわけがない。現在は,「連邦共和国」なのに「州」も「邦」もないという,まったくもってみっともない状態だ。
     
    現在のネパール国家は,実際にはまだ,シャハ=ラナ体制が苦心惨憺して作り上げた単一制国家(unitary state)だ。これをまな板にのせ,「州」や「邦」にどう切り分けるか?
     
    この図は,UNDP=CASU主催の「連邦制セミナー(2007年3月)」の報告書表紙だ。様々な民族・集団がネパール国家を俎上にのせ,どのように分割するか,思案している。よくできたイラストだ。
     
    しかし,この図には,肝心のパトロンの姿が見えない。金を出し口を出し指図をし,ネパール国家をばらばらに切り分け,喰いやすくしてグローバル資本主義の食卓にのせようとしている親玉たちだ。
     
    この親玉たちについては,1990年革命の頃,共産党系の人々がさかんに批判していた。いまでは,マオイストも含め,ネパール知識人たちはグローバル資本主義にはほとんど抵抗しなくなった。こんなことで,本当によいのだろうか?
     
     国家を切り分ける諸民族
    UNDP, Federalism and State Restructuring in Nepal, 2007
    10/13/2009

    スジャータさん,副首相に

    谷川昌幸(C)
    10月12日,MK.ネパール首相が,スジャータ外相を副首相に任命した。就任式は,あのヤダブ大統領が執り行い,「民選国王」の役割を見事果たされた。 スジャータさんは,第二副首相かもしれないが(第一はMJFのガッチャダル氏),ご機嫌で,首相支持を約束した。
     
    この副首相人事は,コングレス党首にして実の父親のギリジャ氏が党に正式に諮ることなく強引に進めたものらしく,RC.ポウデル副党首や若手指導者のガガン・タパ氏らが猛反発,党分裂にさえなりかねない状勢だ。
     
    MK.ネパール首相の評判は当初は散々だったが,さすがネパールの政治家,機を見るに敏だ。ライバルのNCを分裂させ,マデシの支持を得,そしてマオイスト党首プラチャンダ氏は当日(12日)朝,またまた中国外遊に出掛けてしまった。この大変なとき,国を留守にし,党首が「遊び」回っているようでは,マオイストも強硬には反対しにくいだろう。
     
    ネパールの首相は1年もてば御の字だ。この調子では,ネパール首相は平均以上の実績を残すことになるかもしれない。
    (Nepalnews.com, 12 Oct)
    10/12/2009

    ミスネパール,お宝動画

    谷川昌幸(C)
    「ミスネパール2009」の隠し撮り(と思われる)お宝動画が,ヒマラヤンタイムズに掲載されている。約10分。このイベントは別の新聞社が応援していたのではなかったかな? 
     
     
    ▼参照
    10/8/2009

    南アジア学会の面白さ

    谷川昌幸(C)
    ネパール研究については,いつまでも趣味意識が抜けず,南アジア学会に入ったのも昨年のこと。今年の大会は,北九州市立大学であり,参加してみたら,さすが多様性の南アジア,専門家の発表はそれぞれ個性的で面白かった。
     
    たとえば,最後の「全体シンポジウム」のコメンテーターであった長崎暢子氏は,次のような質問を受けたことがある,と紹介された。
     
    非暴力で独立を達成したインドにはイギリスの軍事基地は残っていないのに,(敗戦後)アメリカ占領から独立した日本には米軍基地が残っている。なぜか?
     
    不意を突かれ,ハッとした。これは,いったいどう考えたらよいのだろうか? 
     
     
    10/7/2009

    定額給付金はネパールへ

    谷川昌幸(C)
    定額給付金12000円を受け取った。
     
    このような国民を愚弄するような政策に応じるのは潔しとしないが,麻生政権も崩壊したことだし,これを受け取り,全額をNGOに寄付し,国内ではなくネパールで有意義に使用してもらうことにした。内需拡大にも,地元商店街の活性化にも,まったく寄与しないが,せめてもの抵抗である。
     
    それにしても,この無能無策な給付金バラマキのため経費がいくらかかったのだろう。国民のモラルを劣化させるだけのムダ使いの見本である。
    10/6/2009

    Facebookの恐怖

    谷川昌幸(C)
    Facebookは,いったん登録したら,個人情報の完全削除は素人にはまず不可能だ。
     
    半年前,知人に誘われ登録したとたん,Facebookの危険性に気づき,個人情報を削除しようとした。しかし,どうしても完全削除は出来ない。しかも,パソコンを立ち上げたら(あるいはIEを使用したら),自動的にFacebookに接続し,情報を盗られている。他の全サイトからサインアウトしても,Facebookだけはサインイン状態で残っている。マイクロソフトとグルではないか? 悪質なウィルスと同じだ。
     
    これから,この種の「ソフト全体主義」ソフトが増え,個人情報をひそかに盗み取られることが多くなるであろう。ネット切断して,ヒマラヤ山中にこもるより仕方あるまい。
     
    Facebookの完全削除方法をご存じの方,ぜひお教え下さい。
     
    ▼Facebookの登録を解除すると,次のような通知がくる。
     
    「こんにちは、○○○○さん。Facebookアカウントが停止されました。元のログイン用メールアドレスとパスワードを使ってログインすると、いつでも利用を再開できます。再開後は以前と同様にサイトをご利用いただけます。よろしくお願いいたします。Facebookチーム」
     
     そして,解除したアドレスでアクセスすると,個人情報はちゃんと保存されていて,次のような返事がくる。
     
    aaaa@bbb.comで登録されたFacebookアカウントが再開されました。アカウントを復活させた覚えがない場合は、ヘルプセンターをご覧ください。よろしくお願いいたします。Facebookチーム」
     
    ■Okanoさんという人の回答がネット上にありました。たしかこれもやったはずなのだが,もう一度やってみます。プロフィールはすでに全部書き換え,アドレスはでたらめ,年齢は1900年生まれ108歳,ということになっていますが。
     
    「かつて、 Facebook のアカウントは停止できるけれども抹消できないと書いたことがありますが、現在では抹消もできるようになっているようです。ただし、設定画面にある "deactivate" は相変わらず一時停止で、 deactivate しても再度ログインすればいつでもアカウントは再開されます。本当にアカウントを抹消したければ、 Facebook にログインした後でhttp://www.facebook.com/help/contact.php?show_form=delete_accountにアクセスして "Submit" ボタンをクリックします。その後、パスワード等を入力して手続きが完了すると、 14日後にアカウントが抹消されるということです。」
    10/4/2009

    軍隊と大学と競馬

    谷川昌幸(C)
    南アジア学会に参加するため,北九州市立大学に行った。北方キャンパスは美しく,学会も面白かったが,それよりも何よりも度肝を抜かれたのが,このキャンパスの絶妙な立地だ。なんと陸上自衛隊小倉駐屯地と小倉競馬場にサンドウィッチのように挟まれているのだ。
     
    小倉駐屯地の自衛隊は,陸自だから,戦車くらいは持っている。 それは当然だが,驚くのは,その戦車をまるで見せびらかすかのように,大学キャンパスの向かいの歩道そばに鎮座させていることだ。これを見て,私はギョッとし,思わずキャンパス内に後ずさりしてしまった。
     
    政治学をやっているくせに,戦車ごときを恐れてはイカンと,態勢を立て直し,愛用の300万画素カメラを取り出し,素早く数枚撮影し,一目散にキャンパス内に逃げ込んだ。(下記写真はすべて10月4日撮影)
     
     しかし,こんなことをする必要は全くないことに,すぐ気がついた。陸自はお向かいの大学に通う優秀な男女学生向けに隊員募集広告を出しており,戦車はその宣伝のために意図的にそこに鎮座させてあるようなのだ。
     
    しかも,この大学はお隣に駐屯する陸自とよい関係にあるらしい。校歌碑の隣の大学掲示板には,駐屯地の宣伝ポスターが堂々と掲示してある。 時代は変わった。有名大学が,大学として軍隊を応援する。そのような時代になったのだ。
     
    競馬場は,もちろんそのようなキナ臭いものではない。日本庶民の生活文化や地方財政の生きた研究対象として,これが学問的にも極めて重要なものであることはいうまでもない。
     
      
    小倉競馬場・北九州市立大学・陸自小倉駐屯地(Google)/陸自小倉駐屯地看板
     
    駐屯地・正門ゲート
     
     
    歩道そばに鎮座する戦車(特車) / 戦車と自衛官募集広告
     
    上図の戦車付近(Google)。戦車などの軍機は消されている。
     
    大学掲示板と大学校歌碑
     
    上掲大学掲示板内の自衛隊宣伝ポスター
    10/2/2009

    国王,健在なり――人民評論

    谷川昌幸(C)
    われらが「人民評論」では,国王はまだまだ健在だ。同紙によれば,「元国王」ではなく,「国王ギャネンドラ陛下」ご自身が,ダサイン祭の祝福を受けに訪れた無数の人々にティカを授けられた。「ヒンズー教大祭を祝い,余は内外のネパール全人民の幸福と平和と繁栄をねがう。」(People's Review, 29 Sep)
     
    一方,ヤダブ大統領も,ティカを授けたが,祝福を受けに来たのは高官などごく少数であった。
     
    また,MK.ネパール首相は,訪米日程を切り上げて帰国し,父からティカを受けたが,首相自身は一般人民にティカを授けることはしなかった。ネパールが世俗国家になったからだ。
     
    このように,「人民評論」は,英字紙の中では抜群に個性的で鋭い。世俗国家になったくせに,大統領がダサイン祭の宗教行為をしていると批判しつつ,そんなものを受けに行く人民はごくわずかだった,と皮肉る。
     
    また,世俗国家の首相にして共産主義者のMK.ネパール氏が,公務をほっぽり出して帰国し父からティカを受けながらも,人民にはティカを授けられなかった,その悲喜劇的状況をきちんと報道している。
     
    他の体制順応大手メディアよりも,こんな異端メディアの方が,ときには問題の所在を鋭く突くことがある。その意味で,「人民評論」は異彩を放っており,断然面白い。
     
    ティカを授け祝福する「ギャネンドラ国王」(People's Review, 28 Sep) 
    9/30/2009

    UNMIN派遣隊員がCRF報道官に

    谷川昌幸(C)
    やはり,そうだったのか! UNMIN派遣陸自隊長(第1次隊)をつとめた石橋克伸1佐が,中央即応集団(CRF)司令部の報道官になっていた。
     
     1.自衛隊とNGOとUNMIN派遣隊員
    以前に紹介した田鈴香氏の記事の続編「続・ただ今,陸上自衛隊国際活動教育隊に滞在中! 集中模擬訓練「指揮所演習」始まる」(日経ビジネス,9月30日)によると,NGOのいくつかは,どうやら自衛隊に取り込まれつつあるようだ。
     
    そして,そのNGOと自衛隊の媒介役の一人が,UNMIN派遣経験を持つ石橋1佐なのだ。吉田氏は,CRF「指揮所演習」についてこう説明している。
     
     「次のスケジュールにあったNGOの訪問では、実際のNGO、難民支援協会の事務局次長が仮想の現場を訪れた。そして、自衛官を相手に、実際にNGOの活動との調整をするロールプレイを行った。
      評価役の教官や他の隊員など衆人が見守る中できっと緊張したのだろう。NGOが繰り出す事情説明と協力の要請に、渉外担当の担当官は、「答えず拒否せず」の感じが否めない。お役所的な対応に感じられる。
     日常的に人に慣れているNGO職員の方が、「では、こうすればいいのでしょうか」と、口調は滑らかだ。筆者は、隊員はNGOに助けられているな、とすら感じた。
     ここは、さすがに、ロールプレイ後、先輩でネパールの国際連合ネパール支援団(UNMIN)で軍事監視員の経験を経てきた石橋克伸1佐が積極性を持って接するようにと、助言をした。」
     
    見事な「民軍協力」だ。ネパールは「NGOの総合デパート」といってよく,そこで実地訓練をしてきた石橋1佐がNGOの扱いになれているのは当然である。
     
    2.自衛隊に取り込まれるNGO
     しかし,NGOは「民軍協力」のつもりでも,実際には丸腰NGOは,権限と金と武器を持つ自衛隊の対等パートナーではありえない。必ず,いつしか「軍民協力」になり,NGOは軍に利用されることになる。
     
     3.米軍ー自衛隊ーNGO
    この自衛隊=NGO「軍民協力」が恐ろしいのは,その自衛隊も米軍の下働きをさせられているからだ。吉田氏はこう説明している。
     
    武器だけでなく、計画書作成でも米国様式を共有 ・・・・なるほど、米軍様式は武器だけではなく、計画書作成というソフトにおいても共有されているのか、と気付いた。」 (ゴシック原文)
     
    米軍は世界展開しており,しかもオバマ政権は米単独主義から国際協調主義へと戦略転換した。自衛隊はその米軍に魂(ソフト)も身体(武器)も握られ,米国が要求すれば,米軍補完のため自衛隊の世界展開を進めざるをえない。しかも,米国はソフトパワー重視に転換したから,自衛隊の世界展開は必然的に民生支援重視の「軍民協力」となる。米軍が自衛隊を利用し,自衛隊がNGOを取り込み,利用する。あまりに単純明快で,にわかには信じられないほどだ。
     
    そして――自衛隊ネパール派遣こそが,その広告塔なのだ。
     
    参照
    9/25/2009

    ミスネパール2009を容認したマオイスト

    谷川昌幸(C)
    Fem Hidden Treasureの「ミスネパール2009」が9月24日,開催された。マオイストもなめられたものだ。女の力で人民戦争に勝利したくせに,もうインド系企業の金に目がくらみ,「気の抜けた」(ニューケララ),「形だけ」(警察談)のデモで少し抵抗しただけで,下劣な女品評会を容認してしまった。
     
    会場の「トリブバン軍会館」がどのようなものか,私にはまったく知識がないが,女品評会の会場が軍会館とは,出来すぎた話だ。
     
    そもそも,多民族多文化国家ネパールでミスコンをやること自体が,無神経だ。今回の「ミスネパール2009」は,タマン民族の女性で,おそらく仏教徒,身長168センチ,体重56キロ。たいへん魅力的な女性であることはいうまでもない。
    (Republica, 25 Sep)
     
    しかし,最終審査に残った他の15人の中には,ネワール民族,ブラーマン,チェットリ,タライ系民族もいる。また宗教も,仏教,ヒンズー教だけでなく,ひょっとするとキリスト教や無宗教の人もいるかもしれない。その中から,どんな基準でタマン民族の女性を選んだのか。
     
    いまのネパールでミスコンをやれば,民族や宗教や言語や学歴の順位づけになる。栄光を夢見て応募する女性たちを責めることは出来ない。ケシカランのは,そのような乙女心をを利用し,つまり,マオイスト風にいえば,女性を搾取し,金儲けをたくらむ強欲資本家どもだ。
     
    マオイスト幹部たちは,あらかた利権にありつき,もはや革命を進める気はないらしい。真正ネオ・マオイスの出現は時間の問題であろう。
    9/23/2009

    国旗論争ではマオイスト劣勢

    谷川昌幸(C)
     国旗問題では,今のところ,マオイストの新国旗案は劣勢だ。カンチプールのネット調査では,国旗変更賛成14%,反対80%(9/23現在)。
     
     
     
    カタック・マッラ博士も,「国旗ではなく党名を変えよ」(Nepalnews.com, 23Sep)と主張している。博士の議論そのものはかなり怪しいが,現在の政治状況をよく反映してはいる。
     
    博士によれば,ネパール国旗の祖型は,13世紀以来のデンマーク国旗よりも古く,世界最古の旗の1つだ。太陽と月がシャハ王家とラナ将軍家を象徴しているというマオイストらの批判には,全く根拠がない。
     
    三角形の旗は4千年前の「マハバーラタ」に出てくる。また,国旗としては,民主主義的なゴータマ・ブッダの時代に使用され始めた。ブッダの父は,国王ではなく,シャカ共和国の選挙された代表だった。
     
    仏教思想によれば,国旗の赤は意欲を,青は誠実と勇気を,そして白は知恵を表す。仏教は世俗思想であり,宗教の形をとったのは後のことだ。だから,仏教思想をシンボライズした旗は,宗教的な人も世俗的な人も無宗教の人も,ともに共感できるものである。
     
    あるいは,青は平和,赤は革命と勝利を象徴する。
     
    もしそうであるなら,なぜ共産党は国旗を変えようとするのか? 共産党は,国旗を変えるのではなく,自分たちの党名の方を変えるべきだ。「マルキスト・レーニニスト」とか「マオイスト」は,残虐きわまりない全体主義的弾圧のシンボルだからだ。
     
     ――以上のようなカタック・マッラ博士の国旗擁護論は,先述のように,いまのネパールのイデオロギー状況をよく表している。
     
    マオイストは,革命思想だから,「古いもの」は「古い」というだけで破壊されて当然だし,「伝統」は切断されてしかるべきだ。それが革命というものである。
     
    これに対し,博士のような保守主義者は,「古いもの」や「伝統」を守れと反論する。保守主義者だから,国旗などの制度は古ければ古いほど正統で価値があり,だから守られなければならない。この理屈もよく分かる。
     
    しかし,仏教を使って国旗を正当化するのはいかがなものか? 仏教は立派な宗教だが,仏教が世俗思想だとか民主主義思想だというのは,いくらなんでもひいきの引き倒し,ムチャクチャだ。
     
    仏教の政治的利用は,博士だけではない。西欧の某有名平和学者を筆頭に,ネパール人学者,政治家,官僚などが,流行に便乗し,さかんに仏教を政治的に利用している。こんなばかげたことは,直ちにやめるべきだ。
     
    なお,ネパール共産主義諸政党に対し,スターリン批判をやれ,という博士の主張は,もっともである。ネパールの共産主義者たちは,自分たちの全体主義的傾向への警戒が著しく欠如しているからである。


    9/22/2009

    自衛隊海外派遣:「民軍協力」から「軍民協力」へ

    谷川昌幸(C)
    1.UNMIN派遣隊員がCRF教官に
    吉田鈴香著「ただ今,陸上自衛隊国際活動教育隊に滞在中!」(日経ビジネスOnline,2009.9.16)によると,UNMIN派遣陸上自衛隊員(氏名不明)が,帰国後,その経験を評価され,中央即応集団(CRF)国際活動教育隊の教官に任命され大活躍されているという。

    これは,当然,予想されていたことだ。ネパールに陸自隊員6名を派遣しても,ネパールにとっては,象徴的意味はあっても,実質的にはほとんど無意味だ。

    しかし,自衛隊にとっては,UNMIN派遣は大きな意味を持つ。寺院とヒマラヤ,素朴な村人と子どもたちを背景に,ほとんど危険のないネパールで崇高な国際協力活動をする。その様子をPRし,またその経験を教えるなら,ネパール好きの日本人たちは自衛隊の国際協力活動を絶賛,自衛隊入隊希望者が激増し,隊員は競ってCRFを志願するに違いない。UNMIN派遣は,自衛隊の海外活動拡大への先兵なのだ。

    自衛隊にとって,海外活動,特に国際協力活動は,無限に活動領域を拡大しうる未開の新天地だ。大勝で政権を握った民主党も,この方面への自衛隊活用を考えており,自衛隊にとっては念願の好機到来といったところである。

    そして,その中心にあるのが,CRF(中央即応集団)である。山口浄秀CRF司令官(当時)によれば,CRFは「地球規模の対応」を任務に,「所命必遂,世界最強を目指す」という(『小原台だより』H20.1.1)。地域無限定,任務実質無限定,その気になれば,自衛隊はどこまでも拡大できる。「世界最強を目指す」と公言しているのだから,まちがいはない。
    陸自・駒内駐屯地(グーグルより)

    2.自衛隊違憲論の凋落
    自衛隊をめぐる状況は,この数年で劇的に変化した。朝日新聞の自衛隊容認・積極活用への変節以降,自衛隊違憲論は凋落し,違憲を唱えても神学論争と嘲笑され,相手にもされなくなった。いまでは自衛隊の存在は当然のものとされ,それを前提に,いかに活用するかがもっぱら議論されるようになった。

    自衛隊の海外派遣についても,以前であれば,合憲違憲の議論は避けられなかったのに,いまではそのような原則的な議論は棚上げにされ,あるいは海外派遣の合憲性は当然のものとされ,もっぱら具体的な国際協力活動において自衛隊をどのように活用するかが議論の中心になっている。

    3.民軍協力
    自衛隊の国際協力活動を認めるなら,当然,軍隊(自衛隊)と非軍事組織との関係が問題になってくる。自衛隊は,派遣先で,非軍事組織の人々と様々な形で協力し活動せざるをえない。これが「民軍協力(Civil-Military Cooperation)」である。この「民軍協力」については,たとえば次のように説明されている。

    「民軍協力(CIMIC)=国際的な人道援助や平和活動において文民組織と軍事組織とが共通の目的や個別の目的の実現のために、互いが連携を図って協力することを指す場合に用いる。単なる民軍間の意思疎通、情報共有、調整といったレベルではなく、文民組織と軍事組織が共同で活動を展開する場合を想定している。・・・・なお、陸上自衛隊中央即応集団ではNATOのCIMICにあたる言葉に「民生協力活動」を用いており、その目的として「現地政府機関や地域住民等の信頼と協力を得て任務遂行を容易にする」ことを掲げている。」(上杉勇司「序章」,上杉ほか編『国家建設における軍民関係』2008,p25)

    この「民軍協力」あるいはそれよりやや広義の「民軍関係(Civil-Military Relationship)」の行動指針は,文民組織側がつくったものであるが,最も標準的とされている「複合緊急事態での国連人道活動のための軍隊と民間防衛資産の使用に関する行動指針(MCDA)」(2003)によれば,次のようなものだという。

    「①軍事的資産の使用要請は、政治的な当局からではなく、人道・現地調整官が人道的基準のみにもとづいて決定する。

    ②軍事的資産は、最後の手段として人道支援組織に利用される。つまり、軍事的資産は、文民の側に代替措置がない場合に、緊急の人道的ニーズを満たすために活用される。

    ③たとえ軍事的資産を活用したとしても、人道活動は文民の性格と特徴を保つ。軍事的資産は軍の統制下に残るものの、人道活動の全般的な権限と統制は人道支援組織が保持しなくてはならない。このことは、軍事的資産が文民の指揮統制下に入ることを意味しない。

    ④人道活動は人道支援組織が実施しなくてはならない。軍事組織は人道活動を支援する役割はあるが、本来業務での人道支援組織と軍事組織の役割と任務を明確に差別化するため、可能な限り、直に人道援助を施してはならない。

    ⑤軍事的資産を活用する際には、予め期限と規模を明確にし、今後どのように文民への移譲を進めていくのかを明らかにする。

    ⑥人道活動を支援するために軍事要員を派遣している各国は、国連行為規範(UN Codes of Conduct)と人道原則を遵守しなくてはならない。」(上杉,上掲書,p31)

    4.軍事活動の本来的消極性と日本の役割
    途上国支援活動においては,文民組織(政府,民間)が軍隊の支援を受けざるをえない場合があることは,もちろん否定できない。支援が必要な事態であればあるほど,紛争や内戦で治安が乱れており,文民組織だけでは安全の確保が難しい場合は確かにある。

    しかし,ここで注意すべきは,上記MCDAも規定するように,一般に,軍隊による支援活動はあくまでも非常時,緊急時に限られるのであり,軍民の関係は分離を原則としなければならない。実力組織としての軍隊の活動は,本質的に消極的(negative)なものであり,他に手段がない場合の最後の手段として許容されるにすぎない。

    ところが,日本の場合,もともと,この限定された国際協力でさえも許されていない。日本国憲法をきちんと読めば,軍隊(戦力)保持の禁止は明白であり,したがって違憲の軍隊を海外に派遣し国際協力活動をすることは,論外であり,憲法上それは到底許されない。

    他国から何を言われようとも,日本は憲法上,非軍事的国際協力に徹せざるをえないし,また,現代史の流れをみると,それこそが今後の世界の進むべき方向であることも明かである。日本は非軍事的平和貢献を選択したのだから,率先してその課題に取り組むべきである。

    5.「民軍協力」から「軍民協力」へ
    日本は非軍事的国際協力に徹すべきだと考えるのは,憲法により禁止されていることと,歴史がそれを要請していることに加え,軍隊の持つ本質的危険性を恐れるからである。いったん自衛隊(軍隊)を海外に出し,「民軍協力」を始めてしまうと,おそらく「民軍協力」はいつしか「軍民協力」に変質してしまうであろう。特に日本においては,その危険性が高い。

    軍隊は最強実力集団であり,秘密主義(軍機)と自己増殖本能を持つ。特に日本は,軍部独走の苦い経験を持つ。アメリカですら,産軍複合体は制御不能ともいわれている。そのような本質をもつ軍隊(自衛隊)を監視が困難な海外に出し,国際協力に参加させると,民主的統制(文民統制)が利かず,冒険主義と自己増殖に陥る恐れが強い。「民軍協力」のつもりで始めたら,いつの間にか「軍民協力」になっていた――そのような恐れのある危険な冒険は,始めるべきではない。

    6.「軍の必要性に目覚めた」吉田氏
    冒頭で紹介した国際ジャーナリスト吉田鈴香氏の場合も,「民軍協力」が「軍民協力」に変質してしまいそうな危惧を感じざるをえない。

    吉田氏には,『アマチュアはイラクに入るな』(2004),『紛争から平和構築へ』(2003),『NGOが世界を拓く』(1995)などの著作がある。私は,いずれもまだ読んではいないが,書名だけからも,途上国援助や平和構築に関する広い知見をお持ちの方だということがよくわかる。

    ところが,先述の記事「ただ今,陸上自衛隊国際活動教育隊に滞在中!」を読むと,本当にこれで大丈夫かな,「民軍」のつもりが「軍民」になり始めたのではないか,と疑問に思うような部分が少なくない。

    吉田氏は,紛争やPKOの取材を通して「軍の必要性に目覚めたことが契機で自衛隊に関心を持ち始めた」。この記事は,その吉田氏が中央即応集団(CRF)国際活動教育隊(陸上自衛隊駒内駐屯地)に,講師,聴講生,取材者として滞在し見聞したことの報告である。

    記事によれば,CRF国際活動教育隊には教官が約80名いて,その一人がUNMIN派遣経験者(氏名不明)である。

    まず秘密について。「教育の内容には,秘密情報に触れる講義があるからと,全課程を体験入学することは許されず・・・・」と記されているように,著者も自衛隊が講義ですら秘密にする組織であることを認めている。(軍に秘密は当然だと反論されるかもしれないが,私には,何をしているのか分からないような実力組織を無力な文民がコントロールできるとは,どうしても思えない。)

    その自衛隊について,著者が関心を持ったのは,「昨今重要な概念・手法として注目を浴びる『民軍協力』『地域復興チーム(PRT)』だった」。そして,すでに「研究の世界でも軍と民の交流は行われているのだから」,講義の内容は「文民がとらえるそれと同じであった」という。

    しかし,これはつい数行前の記述とは矛盾する。著者は「秘密情報に触れる講義」には参加を許されなかった。軍隊には,文民組織では考えられないほど多くの秘密情報がある。講義の内容が文民組織と同じであるはずがない。特にNGOの中には,「民軍協力」そのものに否定的なものも少なくない。

    著者も,教官たちへの取材を通して,中央即応集団では「任務全般における『民軍協力』『地域復興チーム』の位置づけが決定的に文民のそれと違うことに,気がついた」。

    「軍にとってそれは1つの必要事柄にとどまる。軍が求められているのは,現地の要望と自分たちの能力との最大公約数をかなえること,任務を遂行するために自陣の兵(自衛官)が心身ともに正常な状態で過ごせるように配慮すること,母国の国民にアカウンタビリティーを示すことである。・・・・他国軍との協調行動,法令遵守,軍人の質の維持,必要な装備品の補給,つまり兵站など,『軍』としての普遍的な機能を維持するための能力をどんな地においても保つことが大事である。民軍協力もPRTも,任務達成のために必要だから行う1つの方法にすぎないのだ。」

    ちょっと文意がつかみにくいが,結局は,軍は軍としての存立が第一ということではないか。

    また,「家族の無事は,平常心であり続けるために必要」とゴチックで力説されているが,これはロマンチックな「銃後の守り」を想起させる。

    さらに,こんなこともサラッと主張されている。

    「教育の終盤,いよいよチームは集中訓練に入った。ある仮想の国に入って,国連PKOの枠組みの中で後方支援業務を行い,自主的な人道支援活動も行うことを想定して,計画,実施を行うのである。」

    「(高木真一三等陸佐は)イラク派遣時,ただ上司からの指示を待つだけでなく,もっと自分からアクションを起こすべきではなかったか,と後になって思い始めたというのだ。」

    これは,かなり危ない文章だ。軍隊は上官への絶対服従を大原則とする。武器を持つ部下が自主的に判断し動き始めたら,文民統制も何もあったものではない。現場で自主的に判断し積極的に行動してよいのは,文民組織,特にNGOである。軍隊はその正反対。軍人は,文人の命令を受けた上官の命令に絶対服従すべきもの。海外派遣軍人に,現地での自主的活動は,原理的に,許されない。

    吉田氏が,自衛隊にこのような文民統制違反の活動を期待されるのは,文民組織の行動規範を無意識のうちに軍隊に移入させているからではないだろうか。吉田氏において,「民軍協力」はすでに「軍民協力」に変質し始めているのではないか。こんなことさえ主張されている――

    「これまで国際協力の現場を多く見てきて,国力を強くするためのポイントは農業と軍であると考えている・・・・。」

    ■戦車に乗り感激の吉田氏(月刊正論)
     (クリック拡大)
    「90式戦車に乗り込み感激のあまり手を挙げる宮嶋氏と吉田氏。戦車運転指示は岡本陸曹長、運転は澤入陸曹長にお願いした。」(月刊正論 http://www.sankei.co.jp/seiron/koukoku/2002/ronbun/06-r3.html)



    9/20/2009

    インド・コンプレックス知識人

    谷川昌幸(C)
    19日(土),パルタ・チャタジー氏のセミナーに参加した。
      「パルタ・チャタジー教授を囲む会」福岡大学国際会議場
       *Partha Chatterjee.1947年,コルカタ生まれ。コルカタ社会科学研究センター政治学教授,福岡アジア文化賞学術研究賞受賞(2009)

    このセミナーに参加する気になったのは,実は,この8月,ネパールで氏の論文を含む本を買って,読んでいたからである。
      Rajeev Bhargava ed, Secularism and Its Critics, Oxford India, 1998
        Parth Chatterjee, "Secularism and Tolerance," pp.345-379

    パタン・ドガからカトマンズ市内に向け,大渋滞を横目にぶらぶら坂を下り,橋を渡り,野良牛をからかい,ノルビック病院の方に右折し少し行くと,右側に超近代的書店があった。インド出版本が多く,この本もそこで買ったものである。

    インド出版本には傑出したものが少なくない。この本も非常にレベルが高く,チャタジー氏の論文も難しいがたいへん面白い。インドでは,世俗主義についても,このような高度な議論が日常的に戦わされているのだ。

    そこで不思議なのが,このようなインド学者の本が多数輸入され,売れているはずなのに,少なくともネパールの社会科学者たちがそれらにあまり言及していないことだ。彼らの多くが論拠にするのは,たいてい欧米のものである。

    たとえば,ヒンズー教王国から世俗共和国への転換に関して,上掲書は当然注目されてよいのに,管見の限りでは,そうした議論はない。読まれているはずなのに,議論はされない。なぜか?

    ここからは,全くの推測にすぎないが,ネパール知識人には抜きがたいインド・コンプレックスがあるのではないか? インド本で勉強しても,それを論拠に議論はしたくない,という屈折した感情だ。

    ジャー副大統領のヒンディー語宣誓問題にからんで,マデシ系は,ネパール語よりもヒンディー語の方が語彙や概念が豊富で言語として優れているということを,論拠の一つにしてきた。

    こんなことを言われ,正面から反論できないとすれば,これはインド・コンプレックスと言わざるをえない。ネパール社会科学者の間には,そのようなインド・コンプレックスがあるのではないか?

     Googleより

    9/18/2009

    国旗の変更

    谷川昌幸(C)
    マオイストが,国旗の変更を唱え始めた。これも言語と同じく大問題となる可能性がある。
     
    現行国旗はヒンズー教と旧体制(王室・ラナ家)の図形化であり,たしかに反科学的,反人民的である。もし民主化運動Ⅱが本物の「革命」なら,こんな因襲的国旗は廃棄し,革命的民主的国旗に変えるべきだ,ということになるのだろう。
     
    すでに国歌の方は,変更された。旧国歌は国王賛歌であり,反人民的,反科学的であった。したがって,これは早々に放棄され,科学的民主的な新国歌が採択された。味も素っ気もなく,2+3=5のような国歌だが,このようなものこそ科学的な正しい国歌なのだ。
     
    マオイストは,この国歌と同様,国旗も科学的人民的なデザインへの変更を要求している。すなわち,各州に星(★)を一つ割り当て,それを国旗にデザインする。マオイスト連邦案は13州なので,13星紅旗となる。あるいは,開発区をおくとすると,星条旗となる。
     
     13星紅旗にせよ星条旗にせよ,科学的にデザインされることになるから,当然,正しい民主的国旗である。ヒンズー教のような迷信や王室のような封建的権威にはもはや依存しない。完全民主主義連邦共和国には,そのような科学的に正しい民主的国旗こそが相応しいのだろう。
     
         
    現在の国旗       13星紅旗のデザイン例